それは「エア作文」から始まった~蓋をした感情に気付くまで~
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:菊川美咲(ライティング・ゼミ通信限定コース)
お風呂場の壁の水色のタイル。綺麗に並んだ正方形。白い目地。
湯船に浸かりながらぼんやり眺めていた私は、
「……原稿用紙みたい」
と思った。
子供の頃から悩んでばかりだったような気がするが、中学生にもなれば友達や先輩後輩との人間関係は複雑すぎて毎日疲れ果てていた。
母からは「お風呂の時間が長すぎる」と怒られていたが、お風呂で一人ぼんやりとする時間でもなければ、14歳の私の精神はもたなかったかもしれない。
その日もぼんやりしながら原稿用紙のようなタイルも眺め、ふと、その時悩んでいたことを「書いて」みた。
書くといっても、実際にペンや指で書くのではない。
目でタイルを追いながら、タイルひとマスにひと文字を書き込んでいるつもりで、言葉にしていくのだ。
「今日、部活の時、〇〇先輩から……と言われた」
「とても怖かったし、悲しかった」
「私は監督から……と言われて、そうしただけなのに」
「あのときどうすればよかったのだろう」
というように、壁の右側から縦書きで始めて、左の下まできたら「一枚目」が終わりになる。
ペラっと紙をめくったつもりで、また「二枚目」の一行目から続きを書いていく。
ただし、これは実際に書いているのではなく、書いているつもりだ。
だからめくった一枚目も、書きかけの文章も、実際には見えない。
いうなれば「エア作文」だ。
途中で「ええと、あの時どうしたんだっけ……」と止まって、初めから読み直そうと思っても読めない。
読めないと、自分で何を書いたかすら思い出せない。
つまりは、悩んでいたこと自体も思い出せなくなっていた。
目には見えない原稿用紙に書いて、ペラっとめくった瞬間に、悩みがどこかへ飛んでいってしまった。
これは衝撃の発見だった。
あんなにモヤモヤしていた気持ちが、一気にスッキリした。
よくわからない、こんがらがった状況や気持ちを整理して「言語化する」ことと、悩みを書き記した原稿用紙をめくるという動作のイメージで「自分から引き離す」こと。
偶然だったが、自分なりの「お悩み解決法」を見つけてしまった。
これが、私が「書くこと」にはまった原体験だと思う。
それ以降、お風呂での「エア作文」も続いたが、実際にノートにモヤモヤをぶつけるようになった。
ノートに書けば、読み返すことが可能になる。
読み返せるから、悩みを思い出してまた苦しくなるのかと言えば、そうではなかった。
夜に感情に任せてワーっと書いた悩みも、一晩寝て朝読み返してみれば「なんだこれ」と拍子抜けして笑ってしまうこともあった。
「主観的」だったものの見方を、文章にして整理して、時間をおいて見返すことで「客観的」に見てみると、案外大したことがないものだ。
次第にノートには、悩みだけでなく、夢や希望、叶えたいことも書くようになった。
悩みも多かったが、高校、大学と楽しい時間を過ごしたし、たくさんの素晴らしい人達との出会いにも恵まれた。
そして中学時代からの10年越しの夢を叶えて、ついに学校の先生にもなることができた。
2度目の挑戦で採用試験をクリアし、私は中学校の国語の先生として採用された。
夢を叶えた嬉しさと希望にあふれていた。
しかし、採用から2年半が過ぎた頃、休職をする。
精神的に参ってしまったからだ。
理想は高いのに現実は全く追いつけていない。
授業も学級も部活もうまくいかない。
事務処理だって山積みのまま。
初めての一人暮らしで食事も部屋も荒れていた。
この頃はノートに書くどころか、散らかった部屋のどこにノートがあるのかさえ分からないくらい疲れ切っていた。
再びノートに書き出したのは、休職中に精神科病棟に入院してからだった。
ある日、消灯後ずいぶん経ってもどうしても寝付けなかった。
消灯後に病室を出ることは禁止されていたが、許可を得て、ペンとノートを持って部屋を出た。
談話室の片隅に座り、とりあえずいま頭の中にあるものを全部出してみようと、思いつくまま書き出した。
「きつい」とか「ごめんなさい」とか「本当はこんなはずじゃなかったのに」とか、抑え込んでいた感情が一気に出てきた。
全く文章として整理されていないし、文字にして実際に見てみるとさらに迫ってくる気もする。
かつての「エア作文」のように、言語化して自分から引き離してスッキリ、とはならなかった。
客観的にもなれない。
自分目線のネガティブ感情の沼に引きずりこまれそうだった。
それでも書いた。
いつの間にかグスグスと泣きながら4ページか5ページくらい書いて、どんな流れでそうなったのかわからないが「これだ!」というフレーズが出てきた。
気付いた瞬間は書くのが怖いと思ったが、意を決して、書いた。
「お母さんが、きらいだ」
書いて、泣いた。
ワーンと声を上げたかったが、真夜中の病院に声が響かないように手で顔を覆いながら、それはそれは泣いた。
ひとしきり泣いて、ようやく落ち着くと、思い当たる節があった。
しばらく前から左耳の聞こえが良くないような気がしていて、特に母の声が聞き取れなくなっていた。
母の声が聞こえない、じゃなくて「聞きたくない」だったのかもしれない。
私が中学生になったあたりから、母と話していると父や祖母への不満を聞かされるようになった。
親戚の誰かのこと、ご近所のあの人のことでも、母が話すと妬み嫉みに聞こえた。
母にはそんなつもりはなく、ちょうどしゃべりやすい相手としてそこに「大人になりかけた私」がいただけなのかもしれないが、私は母の愚痴を聞かされるのが嫌だった。
そのうち、お風呂が長くなり、上がればすぐに部屋で勉強するようになった。
「今勉強しているから」と言えば、母の話を聞かなくて済むからだ。
「エア作文」で、学校の人間関係の悩みはスッキリできていたのに。
母に対する感情に対しては、蓋をして心の奥底に押し込めたまま、勉強することに逃げた。
逃げたけど、成績も良かったので進学もできたし学校の先生にもなれた。
夢は叶ったけれど、私の土台には不発弾が埋もれたままだったのだ。
それが時を経て暴発して、鬱という強制終了がかかった。
「お母さんが、きらいだ」と書いて泣いて、蓋をした感情に気付くことで解決した。
反抗期らしい反抗はしなかった私の「こじらせた遅い反抗期」がようやく終わった。
今ではしっかり母の声も聞こえるし、実家に帰ればお互いによくしゃべる。
学校の先生は、1年半の休職を経て辞めてしまった。
当時の生徒達や同僚の先生方には迷惑をかけてばかりで本当に申し訳なかったが、退職を決めるときもノートにたくさん書いて悩んで、そして決めた。
今振り返ればあの時決断してよかったと思っている。
悩み事は、書くことで解決できる。
言語化して整理することや、客観的に捉えること、そして蓋をした感情に気付くことができるからだ。
あなたの心の中にももしかしたらあるかもしれない「埋もれたままの不発弾」には、くれぐれもご注意を。
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