占いと経営とダイバーシティ
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記事:カズ(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
今年も田舎の母から、占い手帳が届いた。
一年間分のスケジュール帳になっていて、毎日の欄に「その日気をつけるべきこと」が小さくプリントされているやつだ。『新しいことには慎重に』『今日の出会いを大切に』といった具合。巻末には、今年全体の運勢、相性占いなんかも載っている。
昔は細木数子という有名な占い師の手帳だった。が、去年から別の占い師の手帳が届くようになった。
「今はこの人が有名なんよ。テレビにも、よう出とる」
数日前、仕事の合間にかけてきた電話で母は教えてくれた。
†
母の占い好きは、手帳にとどまらなかった。
実家から車で二時間ぐらい行ったところに「がもうさん」という名前の占い師がいて、その人とも懇意にしていた。僕もたまに「がもうさん」のところに連れて行かれて見てもらったし、一緒に行かなくても「勝手に」占われて、結果だけもらったりもした。
僕は母がなぜ占いが好きなのか、あまり理解できなかった。
中3から理系のコースをたどった僕には、むしろ、非科学的な占いに触れることが少し恥ずかしかった。
同じクラスの友達に占いの話をすると馬鹿にされた。
「血液型占いの結果をわざと『逆』にしても、『当たっている』っていう人が多かったってよ」
要は、非科学的で、いいかげんで、つまらないものだと。
テレビでも、悪い占い師に騙されて一家離散になった芸能人のニュースが流れていた。
そんなこんなで、家の外ではできるだけ占いの話題に触れないようにしてきた。
それでも、「がもうさんのところに行くけど、あんたも行く?」と母に聞かれたら何となくついていく自分もいた。僕の中では、ポジティブなイメージとネガティブなイメージが混濁していた。
†
地元の高校を卒業した後、僕は東京に出てきた。
田舎で母がずっとブティックのお店を「経営」してきたのを横目で見てきた影響か、いつのまにか僕は東京で経営者になっていた。業種は全く違い、IT。
ひよっこ経営者だったので、起業して20年の間に会社を2回ほど潰しかけた。他の会社に転職してもらうようにお願いした社員も何人もいた。でも、会社自体はなんとか潰れずに方向転換をしてきた。
何回か潰れそうになるとさすがに、潰れそうになるパターンが見えてくる。それは、「世の中の流れが急激に変わっているのに、自分の考えが凝り固まったまま進んだとき」、落とし穴に落ちそうになるのだ。
2002年にはITバブルが弾けたことに気づかずに一つの商品を売り続けようとした。
2008年はリーマンショックだったのに金融業界にものを売り続けようとしていた。
このパターンにはまらないようにする最大の知恵は、自分と違う発想を持ついろんな考え方の仲間を会社に加えること。ブレーキを踏まなきゃ、ハンドルを切らなきゃ、と言ってくれる人を置いておくことだ。だから、ITという業界に少ない女性をできるだけ上のポジションに引き上げたり、違う国のエンジニアを招いて新しいチームを作ったりした。
弊害もあった。違う視点を持った人が増えると、あうんの呼吸が通じにくくなるし、ギクシャクしたコミュニケーションになりがちだった。でも、会社が落とし穴に落ちないためにはそれが必要なのだ。
これを、少し難しい言葉でいうと「ダイバーシティ」。日本語では多様性。いろんな人を迎え入れることで、凝り固まらない視点を得ること。
この「ダイバーシティ」のおかげで、会社は3度目の危機を迎えずに成長を続け、昨年僕らの会社は上場までたどり着いた。
†
そして上場した翌年の新年にもまた、田舎の母から占い手帳が届いた。
細木数子じゃない手帳。
田舎の母を思い、ひとり苦笑いしながらその手帳をパラパラとめくる。
そこで、僕はふと気付いた。
これは、一番簡単な形のダイバーシティなんじゃないか、と。
占い師は、いくら面と向かって話したとしても、得てして僕のことは何らわかっちゃいない。手帳ならなおさらだ。無責任に、あれに気をつけろ、これに注意しろ、と非科学的な御託を並べる。
でも、それが必要なのだ。
仮に、僕のことを100%理解し、僕の視点から最善だと思えることを教えてもらっても、それでは結局、「僕の視点から見えない落とし穴」には落ちる。
僕の視点じゃないところから、僕に何かを言ってくれること、それがいかに貴重なことか!
くだらないことでもいい。
『青いものを身に着けろ』と言われれば、「そういえば最近身だしなみのことあまり考えていなかったな」と、立ち止まる。
『ラッキーフルーツはバナナ』であれば、「あれ、最近果物食べてないな」と、立ち止まる。
猛進しているときには見えなかったものが、ふと立ち止まるだけで見えるものがある。
†
母がブティックの経営をしながら、ずっと占いから離れなかった理由が、20年経って少し見えた気がした。
僕より長い年月、経営を続けている大先輩、たまにはこちらから電話をかけてみようか。
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