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ばかみたいにわたしが辛いものばかり食べるわけ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:いぬじじい伝説(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
緊急事態宣言が解除のニュースが報道されるや否や、私は各種SNSとのにらめっこを開始した。
繰り返すタップ、そしてスクロール。目的はただひとつ、お目当ての飲食店の営業状況を知るために。
「今日からランチ限定で営業開始するみたい!」
贔屓のお店の営業存続にほっとするのもそこそこに、慌てて玄関先でサンダルをつっかける。
乱暴に掴みとったマスクを握りしめたまま、自転車のペダルを一心不乱に漕ぎ始めようとする私がいた。
 
「麻婆豆腐お待たせいたしました。あ、ライスがまだ。すぐ持ってきますので」
この日、この瞬間をずっと待ちわびていた。
どろりした、液体とも個体ともつかない物体。ごろごろと入っている豆腐が、ところどころで白い断面をのぞかせて崩れている。真っ赤な油がこれでもかと浮いているけれど、カロリーなど気にしていられるもんか。
もう、ライスも待っていられない。むしゃぶりついてやる。
 
正直、口にしてからのことはあまり覚えていない。
ランチタイムのサービスに甘んじたものの、ライス(大)ではなく(中)のお替りに留めていたあたり、理性も多少は働いていたのかもしれない。
少なくとも、およそ20分後には、笑顔でテーブル会計を済ませる私がいた。
唇を腫らし、汗で滲んだ目を潤ませながら。
 
およそ2ヶ月間、ほぼ引きこもり自粛生活を送っていた私にはもう限界だった。
日々、赤い食べ物への思いが募るばかりだった。
お世辞にも、私は取り立てて腕が立つ方ではないけれど、料理自体は好きだし、それなりの自信はある。
しかし、どうしてだろう、自宅ではお店の「あの」味も「この」味も再現ができないのだ。
台湾で購入した瓶詰めの唐辛子やら、新大久保のスーパーで手に入れたハングルに覆われたソースやら、なかなかに「それっぽい」各種調味料は冷蔵庫の中に眠っているのに、である。
やはりお店で味わう「激辛」にたどり着くことはできないのだ。
 
こう感じているのは、きっと私だけではないはずだ。
世の中には「激辛グルメ」だけを集めたフードフェスティバルがあるし、
とびきりの辛い料理を提供するお店には、いつも大勢の人が行列を為している。
少なくとも、一定の市民権を得た嗜好であることに間違いはない。
ここで注目したいのは、「ピリ」でも「ちょい」でもなく「激」辛だということ。
なぜ人は振り切った辛さを追い求めてしまうのか。
 
私は、激辛とは、「せめぎあいのエンターテインメント」なのではないかとふんでいる。
 
まず、その娯楽性の高さについて。
目の前に置かれた瞬間、見つめているだけなのに、立ち上る湯気が鼻腔にちくちくとちょっかいを出してくる場合もある。
口に含み、味わうと同時に燃え盛るような熱さが全身に広がっていく。
吹き出す汗(ときにはやせがまんの涙も)にまみれながら、黙々と飲み込んでいくさまは、まるで一種の禅問答のようにも感じられる。
合間の大量の給水も含めて、食べきってはちきれそうなお腹をさすっていると、なにかをやり遂げた感覚でいっぱいになるのだ。
もしも同行者がいるならば、食事中のコミュニケーションのスパイスとなることは想像に難くない。
同士であれば、共に達成感を味わえるだろうし、「反」激辛の方からは、羨望の眼差しを向けられるだろう。
場合によっては理解の範疇を超えた驚きに由来する軽蔑の目線をもって迎えられる可能性もあるけれど……
 
ビジュアルにおいても見逃せない。
辛さすべてが赤唐辛子由来というわけではないが、「激辛」の名を関する料理は、目に刺さるような鮮烈な赤をまとっている場合が多い。
「刺激的」な存在であるが故に、やりすぎた装飾性との相性も抜群だ。
例えば、お皿の高さを無視するくらいにはみ出した山盛りの野菜や、姿かたちそのままの唐辛子が
いくつも入っていたり。
つい人に見せたくなるような、そして興味がなくとも視線をひかれるような、そんな感情を揺さぶるフォトジェニックさがある。
何気ない日常のなかの異物として、SNSにおけるコミュニケーションアイテムにもうってつけなのだ。
 
そして、何より、一筋縄ではいかない「激辛」の真髄。
相反する要素がせめぎあっている点だ。
そもそも、食とは生命維持活動に他ならない。しかし、辛いものを摂取することによって体調を崩すことさえあるのだ。激辛を愛していくと決めた人間にとって、消化器・排泄系の不調は、いわば歓びとの等価交換である。
食道がんの発症原因のひとつに挙げられることもある。
生きるための行為で、命を落とすこと可能性もあるのだ。
 
また、辛さは生理学的には痛覚であり、味覚ではない。
激辛でも美味しい料理というのは、刺激に耐えうるだけの味覚のインパクトが求められる。
したがって、相当に濃い味付けをしなければならないのだ。
家庭での調理で再現が難しいのはこの点に集約されるだろう。
自制心
「汗をかいて代謝促進! ダイエット効果抜群!」などという宣伝文句も散見されるが、それは嘘っぱちだ。食べている本人がいちばんわかっている。
健康への配慮など一切欠いたものを口にすることの罪悪感への、一抹の免罪符でしかない。
それほど、激辛で得られる多幸感は計り知れないものなのだ。
 
「なぜそんなに辛いものばかり食べるの?」
いつも聞かれる質問だ。
 
私は自分に自信がない。
エキセントリックに見られることが多い反面、内面は傷つきやすく、想像と異なるとよく言われてきた。
そんな自分を変え、裏表無く生きたいと常々思っているのに、怖がりでなかなか最初の一歩が踏み出せない。
周囲からどう見られるかを人一倍気にしているくせに、内心冷淡に他人を判断してしまう。
激辛を口にすることは、矛盾ばかりの自分の生き様への慰めとも言えるかもしれない。
なぜなら、こんなにも無茶苦茶な激辛料理だって、必要とする人が沢山いるのだ。
無意識化で激辛と自分とを重ねる。私だって、と鼓舞するかのように。
 
「辛い」は「からい」のほか、「つらい」とも読むことができる。
刺激のなかで、私は自分が今まさに生きているという実感を噛みしめるのだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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