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1年ぶりに会ったら、父が伝説のポケモンマスターになっていた


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:タマひろし(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
「心臓の手術を受けなくてはならないかもしれない。来てくれないか」父は電話の向こうでこう言った。
 
東日本大震災の半年前、私の母はこの世を去った。厳しい面もあったが、生きる上で大切なことをたくさん教えてくれた、かけがえのない母だった。
父にとって、母は良い連れあいだっただろうと思う。どこかに出かける時はいつも一緒で、息子から見ても仲の良い夫婦だった。そんな母を亡くしてから、父は以前より小さく見えるようだった。
 
まさか、母に続いて父まで失うことになるのだろうか? 私は感傷的になった。
 
心臓の超音波検査・C T 検査に続いて、心臓カテーテル検査が行われた。造影剤というレントゲンに写る薬剤を使って、心臓を栄養している動脈である冠動脈が細くなっていないか、心臓の動きや、心臓から流れ出る血液が逆流していないかを調べる検査だ。
冠動脈も心臓の動きも異常なし。大動脈弁という弁が開いていて、心臓が送り出した血液が大動脈から心臓に逆流していることがわかった。
 
「とりあえず、今は症状もないので、経過観察で大丈夫です」
医師の言葉にホッとしたものの、どうにも落ち着かなかった。
父はと見ると、眉毛をハの字にして、こちらを見ていた。
 
「何か普段の生活で、やった方がいいことはありますか?」
私が尋ねた。
 
「血圧を管理することです。また、できるだけ歩くと良いですね」
医師は言った。
 
できるだけ歩く……父は小さな声でつぶやいていた。
 
空港までの見送りはいいよと伝え、近くの駅で父と別れ、私は九州に帰った。久しぶりの帰省がこうした形になるとは思いもよらなかった。
博多を出発した特急ソニックに揺られながら、父の表情を思い出しては、どうにか父親を励ましていかなくては、自分がしっかりしなくてはと自分を励ましていた。
 
医師の助言通り、父は歩いた。毎日できるだけ歩いた。距離を伸ばし、時間を伸ばし、一日に20km以上。ついには30km歩くまでになった。
主治医から、こんなにも歩いている患者はいないと褒められそうだ。
すごいねと言った私に、「特にやることも無いからね」と答えた。
私は少し後悔した。
 
2016年の夏、ポケモンG Oというゲームアプリが発表された。スマートフォンのGPS機能を使用しながら移動することで、ポケットモンスターキャラクターの捕獲や育成、交換・バトルが行えるというゲームだ。
新しもの好き、ポケモンも好きだった私は早速ダウンロードし、遊び始めた。アイテムを手に入れるために、ポケモンを集めるために歩きまくった。歩いているうちに、父親を思い出して電話をした。ゲームはやったことがないが、ポケモンG Oに興味を持ってくれた。ただ歩くだけよりはいいかもしれないと言ってくれた。
その後、世間ではポケモンG Oの話題で一色になった。休日だけでなく平日も、たくさんの人がアイテムを求めて、ポケストップにアリのように群がっていた。
なんだか急にゾッとして、インストールしてから二週間後、私はアプリを削除した。
 
一年後の夏、久しぶりに実家に帰った。横浜で実施される試験を受けるため、茅ヶ崎の実家に泊まることにしたのだ。
「おかえり」
真っ黒に日焼けして、額をてかてかさせた父が迎えてくれた。
なんだか楽しそうだった。
久しぶりに会った父は、以前より元気に見えた。夕食にと、得意の手作り餃子と炒飯を振る舞ってくれた。美味しかった。乾杯は私がビール、父はノンアルコールビールだった。主治医の言いつけを守っているのだった。
「慣れたら、これでもイケるもんだよ」
あんなにもビールが好きだった父がと思ったが、その言葉は強がりではなく、本心であったように感じた。
 
明日の試験は昨年不合格だった試験であった。勉強しなければと思いながらも、久しぶりに会った父とついつい色んなことを話した。自分の仕事について、妻や娘たちの様子について伝えた。弟夫婦のことや、母との思い出について話した。
そして、父親の体調を確認した。
 
父の体調は良いようだった。
主治医からは、相変わらずよく歩くと褒められていた。1日に6時間以上歩く患者はそういないようだ(それはそうだろう)。歩いたことが功を奏したようで、血圧はすっかり下がり、血圧を下げる薬もいらなくなっていた。心臓の状態は変わらないどころか、少し改善したそうだ。
ここまで良くなるのはなかなか無いことなので、地域の研究会で症例発表させてほしいと頼まれたと照れ臭そうに教えてくれた。
 
「毎日、そんなに歩いて……無理してない?」
つい口から出てしまった。
 
「無理してないよ。前はちょっと頑張っていたけど。去年、ポケモンG Oを教えてもらったおかげでね……」
 
父は、私がやめた後もポケモンG Oを続けていた。
自転車でアイテムやポケモンを集めるユーザーが多い中、歩いているのは珍しいらしく、色んな人から声をかけられ、ポケ友もリアル友も増えていったそうだ。毎日続けた結果、レベルはM A Xになり、レアモンスターも強い物が集まっていた。
また、いつの間にかL I N Eを始め、地域のポケG Oグループに入っていた。レイドというボスを倒す時には、一緒に戦ってくれないかといつも頼りにされているそうだ。また、仲間とは一緒にお茶をしたり、お昼を食べたりするほど仲良くなっており、しばしば家に呼んでは、ロイヤルミルクティーや中華料理を振る舞っているそうだ。
また、近所の小学生からは、伝説のポケモンマスターと呼ばれ、道で歩いていると挨拶されるようにもなっているのだそうだ。
 
父は様々なチャンスを手にしたのだ。医師からの助言、私からの電話での一言、まだ見知らぬポケG Oユーザーからの誘い。
 
「最後まで諦めずに頑張れよ」
父はそう言った。私が肯いたのを確認して、父は寝室に行った。
 
次は自分の番だ。ふと顔を上げると、寝る予定の時刻まで残り1時間だった。
もうひと頑張り。私もチャンスをつかむんだ。
不安でいっぱいだった私の心は、いつの間にか高揚する気持ちに変わっていた。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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