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育休は人をバカにするのか


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記事:春野かおり(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
「私、バカになってる」
 
一年間の育休を経て、仕事復帰を果たした私が気付いた愕然たる事実。
 
この一年間、ほぼすべての時間を赤ん坊と過ごし、家に引き籠っていた。
一人の赤ん坊と向きあって過ごした時間、それはとても貴重な、得難い時間だった。大変だけれど、人間の赤ん坊を育てている、そしてこれは私にしかできないことだ、という充実感もあった。学んだことも多い。母という立場になって、考え方や視野も広がった。なんなら人間的には、バージョンアップしたと言ってもいいのではなかろうか。自分ではそう思っていた。
 
だがどうだろう。仕事復帰するやいなや、私は自分の明らかなダウングレードぶりに気付いた。
 
育休取得前、私は、仕事と並行して大学院に通っており、出産のため一年間大学院を休学して、この4月から大学院を再開した。
大学院は、コロナの影響ですべてオンライン授業となっていた。
 
一年の遅れを取り戻すべく、私は、やる気満々で画面の向こうの教授の声に耳を澄ます。
ところが、教授が何をしゃべっているのかさっぱりわからないのだ。一年間、専門用語にまったく触れていなかったのが原因であろう。
さらに問題なことには、集中力がまったくもたない。一時間半の講義を聞き続けられない。努力して聞いてはいるのだが、内容が頭に入ってこないのだ。これは、オンライン講義という条件も関係しているかもしれない。だが、それだけではなかった。
 
テキストを読んでも理解するのに時間のかかること。文章の内容に集中して入っていけない。
また、講義では毎回レポートの提出を求められるのだが、これがまた、まったく書けない。一日がんばっても、A4半分くらいの文章を書くことさえできずに悩み続け、途方に暮れた。そして、子供を預けてまで自分のやりたい勉強をしているのにこの有様、と罪悪感に苛まれた。
 
ここまできて、育休期間中、いかに自分が頭を使っていなかったかということを思い知る。
いや、そうではない。育児と勉強では、頭の使う部分が違いすぎたのだ。
 
育児中、私は、これまで持ち合わせていなかった母性を絞り出すため、感情を全開にして赤ん坊の気持ちに寄り添ってきた。赤ん坊の要望を読み取る能力を身に着け、危険を察知するために常に神経を張り巡らしていた。この一年、聴覚、嗅覚、触覚、その他第6感の能力については、自分史上最高値のパフォーマンスを叩き出していたと思う。
 
また、育児にはマルチタスクがつきものである。家事、その他の雑多な複数の物事を、常に同時進行で考えていなくてはならない。そして、決して、集中して一つの物事に没頭してはいけない。赤ん坊から気をそらしたその一瞬、予期せぬ事故につながる可能性がある。そして、どんな時でも臨機応変な対応。赤ん坊相手に、「計画」という二文字は通用しない。
 
こういった赤ん坊特有の生活様式にやっと私自身が慣れてきたところだったのだ。
 
一方、勉強に必要な頭の使い方はまったく異なる。
すべてを論理的に理解し、筋道立てて説明できる必要がある。それがおもしろいかどうか、といった感情は不要である。
そして一つの物事に集中して取り組む必要がある。どこまでも深く、深く、本の中に身をうずめて、理解する。著者と対話する。そしてありったけの知識を持ち寄って、自分以外の何者もいない頭の中で、思考、検討、仮説、反証、確認作業を行う。
そして、作業は計画的に進められなければならない。構造的で明確で、論理的な文章の構築。感覚的な曖昧さの排除。それこそが、学問研究において求められる能力。
 
つまり、育休中の一年間、私はあまりに感覚的・情緒的生き方に徹していたため、論理的・合理的な活動をする能力が明らかに衰えてしまっていたのだ。
 
もう一つ、ショックだったことがある。たまに人前で話す仕事があるのだが、育休前と育休後の自分の話す声の音声を聞き比べると、明らかに、声がワントーン高くなっていたのだ。どちらかというと甲高い、よく言えば女性らしい、悪く言えばアホっぽい声である。今まで、落ち着いて知的に聞こえるように、低くするよう努めてきたのに。
 
いったい世の中の働くお母さん方は、どうやって育休復帰後の仕事のパフォーマンスを回復させているのだろう。
 
あるいは、今どきは男性の育休が推奨されているが、彼らが本気で一年間父親業に徹した場合、職場復帰第一日目から、海千山千のビジネスマンとして戦っていけるのであろうか。利益と合理性を追求する活動に戦意喪失してしまわなかろうか。そうであるなら会社にとっては損失になるかもしれない。
 
育休は、ある意味人を「バカ」にする。
 
しかし、たとえそうだとしても。感情に振り回され、何一つ計画通りにならない一年を経験した私たちは、自分が一回り強くなっていると信じたい。
 
論理的で正論でさえあれば相手が動いてくれるわけではないことを知る。むしろ、世の中は感情で動いていて、合理的な説明がつかないこともたくさんある。「そうあるべき」に固執しない柔軟な考えができるようになる。限られた時間の中で、自分のやりたいことを最大限アウトプットできるようになる術を身に着ける。そして小さい者の声に耳を傾ける能力を手に入れる。
 
そんな力を、仕事や勉強に生かしていけるようになるには、まだまだ時間がかかりそうである。むしろ育休前の自分とのギャップに戸惑うことばかりで、正直、頭にハゲができたほど現在苦戦している。
 
勉強に必要な頭はたしかに衰えた。しかし、育児を通して、自分の守備範囲が広がったことは確かだと思う。自分というハードは変わらないが、これまで築いてきた自分というソフトが再インストールされたような感覚がある。そして、母親という拡張オプションも加わった。
 
その性能が試されるのはこれからだ。
 
 
 
 

***
 
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2020-08-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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