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真夏のゾンビ

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:へんげ(ライティング・ゼミ 夏期集中コース)
 
 
「このゴミ袋、動くぞ!」
 
眠い目をこすりながら、片道2時間くらいの大学へ向かう朝。
いつものように玄関を出ると、家の前の大量のゴミ袋がそこにあった。
家の前がゴミの集積所ということもあり、ゴミ袋が置いてあるということ自体は不思議なことではないのが、ゴミ袋がガサガサと動いているのだ。
今では考えられないかもしれないが、当時のゴミ袋は真っ黒だったのだ。
半透明化が義務付けされる前は不透明な真っ黒なゴミ袋が私の住んでいた地域では主流であった。
その不透明で真っ黒なゴミ袋が早朝からガサガサ動いているのである。
風でカサカサと動いているわけではない。
明らかにゴミ袋の中に何かが存在していて、それがうごめいているようなのだ。
 
ゾンビでも入っているのかな? そんなはずはないとは思うが、前日に見たホラー映画を思い出してしまう。
私は家の前でガサガサと動くゴミ袋をしばらく眺める。このままだったら、遅刻してしまうなと考えながらも、その場からすぐに離れることができなかったのだ。
 
それから、どれくらいの時間が経ったのかはわからない。数十秒だったかもしれないし、数分だったのかもしれない。
家に戻って、「ゴミ袋が動いているのだけど、ちょっと見てくれない?! 学校に遅刻しそうだから!」と言えばよかったのだけれど、この『案件』に関しては、自分が最後まで関わりたいという不思議な責任感のようなものがあったのだ。
 
集団登校の小学生たちが、ゴミ袋の前で微動だにしない私を不審そうに眺めながら通り過ぎていく。
「このままでは埒が明かない」恐る恐る私はその黒いゴミ袋に手をかける。
まずは重さ。片手で持てる重さだ。さほど重くはない。肝心なのは中身だ。
 
ゆっくりとゴミ袋の結び目に手をかけ、ほどいてゆく。
 
少しほどけたところで、匂いを嗅いでみる。
 
特に異臭はしない。
 
ゾンビでは無さそうだ。
 
いや、ゾンビの匂いを嗅いだことはないのだけれど。
 
そして、そのゴミ袋の中身の正体を確かめるべく、目を細めながらその深淵を覗いてゆく。
 
陽の光にさらされて現れたのは、『猫』であった。
生まれたばかりの小さな小さな二匹の猫がそこにいた。
 
そうか、それはそうだろう。死体なんて入っているわけもないし、ゾンビであるはずもない。
なんでこんなことに時間を費やしてしまったのだろうという後悔や安堵の気持ちがあったが、それ以上に私の心の大半を占めたのは怒りだった。
なぜ捨てたのだろう。捨てること自体は構わない。いや、問題ではあるが家庭の事情で捨てざるを得ないこともあるだろう。それはいい。
でも、なぜゴミ袋の中にいれて、集積所の前で捨てたのだ。
 
繰り返すが、その当時のゴミ袋は中身も確認できない真っ黒なものだ。中に猫がいるなんて、わからないだろう。
実際には見かけたことはないが、ダンボールの中に子猫が捨てられ「心優しい方、どうかこの子をもらってください」的な文章が添えられていたのならまだいい。
でも私がそこで見たものは、そんなお願いや善意の人に頼ろうとするものではなく、無慈悲に、ただ誰にも見られることもなく、知られることもなく、ひっそりと『ゴミ』として処分されようとしている物だった。
 
私の父は動物が嫌いだと言っていた。
「自分は酉年で、猫や犬に捕食される立場だから好きになれない」と。
ちょっと言っている意味はよくわからなかったが、幼い頃にペットを飼いたいと相談したところ、そんなことを言われ断念したことがある。
そんな父に「この猫をうちで飼いたい」と迷いなく告げに行った、あの日の朝のことを今でも鮮明に覚えている。
 
大学から帰宅し、家の庭を眺めると二匹の猫が仲良さそうにミルクを飲んでいた。
「家の中にいれるのは嫌だが、ベランダに勝手にいるぶんには構わない」
父は仕方無さそうにそう言っていたが、家の中に猫用の居住スペースを率先してDIYしたのも父だった。
数週間後には、母から「あまり猫をあまやかさないで」とぼやかれていた。
 
二匹の猫にはそれぞれ、『マル』と『チビ』と名前を付けた。ちなみに、二匹ともメスであった。
まだベランダで居候状態だった猫達を識別するために、大きい方は丸々してて『マル』、小さい方を『チビ』と呼んでいて、名前のつもりではなかったのだが、その呼び名がいつのまにか定着してしまったのだ。
 
マルはよく食べるし、よく遊ぶ猫だった。猫じゃらしを持ってこようものなら、我先にとつっこんでくるタイプだ。
でも、チビはねこじゃらしで遊ぼうとしてもすぐに飽きてしまい、膝の上に乗っかってきて寝てしまうようなタイプだ。
家族はどちらかというと、マルが好きだったが、私はチビが好きだった。
自分自身、活発なタイプではなかったし、甘え上手で物静かなチビをかわいがっていたのだ。
 
そのチビがこつ然と消えてしまったのは、それから数カ月先のことだった。
どこに行ってしまったのだろう。交通事故にでもあったのか? 家族であちこち探し、数日たったある日、庭の片隅でひっそりと死んでいるチビを見つけた。
 
もともと元気なタイプではなかったが、こんなに早くその命を終えなくてもよかったのではないか。
私が見つけなければ、あの日に死んでいた命。捨てられてしまった命。10年とはいわないまでも、もっと成長してほしいと願っていた。
 
「動物は死期が迫ると、誰にも見つからないようにひっそりと死ぬんだよ」
 
誰かがそう言っていた。確かにそのとおりだった。死期を悟り、誰にも見つから無さそうな庭の片隅で、一人で死んだのだ。誰にも頼ることもなく。
まだ数ヶ月しか生きていないのに、その命を終えたのだ。
 
相棒を失ったことで、元気をなくしてしまうのでは無いかと気に病んだが、特に変わった様子もなく家族の愛情をたっぷりと受け、マルは健やかに育った。
それでも15歳を過ぎた頃ぐらいから元気もなくなり、そろそろ覚悟していたほうがいいだろうと家族も感じていた。
仕事中に家族から「マルが虹を渡ったよ」と連絡を受たのは、トラブルのためお盆中に出社している日の夕方だった。
 
帰宅すると、色とりどりの花が敷き詰められたダンボールの中にマルの姿があった。
「今日はずっと元気がなくて、最後はみんなが見守る中で息を引き取ったんだよ」
チビは誰にも知られず、ひっそりといなくなってしまったが、マルとは10数年も一緒にいて、最後まで見届けたいという気持ちが強かったのだと思う。もちろん自分もそうだ。
 
チビはそのまま庭に埋めたが、それから庭のない家に引っ越したため、マルはペット用の火葬場で弔った。
お盆の真っ最中の暑い日だったが、黒いスーツに身をつつみ、正装して彼女の最後を見届けた。
火葬場から立ち上がる煙が空に吸い込まれていって、それが入道雲を形成しているかのようだった。
 
あれから家族がペットを飼うことは無い。
 
8月15日、終戦記念日。
 
私は今日も祈る。
 
平和と、今ある生命と、あの日に雲になった猫に。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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