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鮨屋という戦場で学んだ人生で大切なこと


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記事:神谷玲衣(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
「お客さん、注文するならそれ食べてからにしてよ」
 
店中の客が凍りついた。数ヶ月先まで予約が取れないことで有名な鮨屋の大将が、怖い顔をして発した一言だ。
 
今は昔、まだ店内でタバコを吸う人がいた頃、私は若い身空で分不相応なカウンターに座っていた。一度でいいからその店で鮨を味わってみたいと思い、何ヶ月も前から友人と計画してやっとのことで座った椅子の上で、体がこわばり心拍数が上がり、のどがヒリヒリするのを感じた。
 
大将の声のさきには、きらびやかな爪をひらひらさせてタバコを吸いながら隣の男性と喋っている、これから同伴出勤するのであろう銀座の高級ホステスとおぼしき若い女性がいた。どうやらその女性が、目の前にまだ手をつけてない鮨がいくつもあるのに、追加注文したことに対する大将の言葉だったらしい。
 
確かに大将の言う通りである。鮨は着地したらすぐに食べろと親から言われて育った私にとっては、いくつも残して追加注文するなんて、神をも恐れぬ暴挙としか思えない。しかも相手はキングオブ鮨屋の大将である。こりゃどう見てもホステス嬢の方が悪い。
 
しかし! しかし!! である。
 
店内にいた小娘の私にとってそれは、衝撃波で体がふっとぶような出来事だった。ただでさえ緊張の面持ちでのれんをくぐったのに、そんな状況でどうやって鮨を味わえばいいというのだ。
 
新米兵士のような私にとって、そこはまさしく戦場だった。戦場は四方八方に気を巡らせて、いつ何時降ってくるかわからない爆撃や銃弾に備え、全身の神経を研ぎ澄ませていなければいけない真剣勝負の場なのだ。
 
だから、店内に入る時の一挙一動から、注文の順序、注文の仕方、醤油のつけかた、食べ方まで、全てに気を配らなければいけないのだろうが、百戦錬磨の敵には、こちらが新米兵士だなんてことは一瞬にしてお見通しだろう。
 
気合をいれて、店の人としゃれた一言でもかわそうと、銃槍に弾を込める間もなくあっけなく衝撃波でやられてしまった。くやしい。
 
衝撃波でぶっ飛んだ私たちに出来ることは、とにかく出された鮨を、ふんわりとした米粒がスローモーションでグラウンディングをする前に、さっさと口に入れることだけだった。
 
いや、その前に醤油をつけるという難関が待っていた。にぎりの場合はまだいい。さっと裏返して刺し身の先端を醤油の小皿の縁にあてがい、丁度いい頃合いで引き抜けば、いい具合に醤油が付着してくれるだろう。
 
しかし問題は軍艦系である。軍艦にはガリが必要だ。ガリの先に醤油をつけて・・・おっと、お先走ってはいけない。その店ではそんな面倒なことをしなくても良いように、しっかり味付け仕事がしてあったのだ! ここは気を取り直して、「ガリだけ食べる気だったのよ」風に取り繕いながらいこう、と作戦変更だ。
 
大将と目を合わせることはもちろん、さきのホステス嬢たちの方を見ることも出来ない私達は、言葉少なにとにかく鮨を食べることに集中してはいたが、軽く冷や汗もかいた後では、もはや味などわからない。
 
人間が集中できるのは20分ほどだと言われるが、まさしく衝撃波を受けてから20分程で私達は食事を終えた。食べ終わった後は満腹、満足、ではなく、戦い抜いた疲労感が体中に広がったのを覚えている。
 
支払いの段になり、新米兵士が「おあいそ」なんて言っては生意気だろうと判断し、「お勘定をお願いします」と、礼儀正しく上官に接するようにしたのは言うまでもない。最後に大将が「ありがとうございました」と言ってくれたような気がしたが、戦場で遠のく意識の向こうに聞く声のようで、よく覚えてはいないのだった。
 
会計をすまして、店を出る前に何かしら感じの良いことを言わないといけないと焦った私は、あろうことか「美味しかったです。また来たいです!」なんて言ってしまった。あああ〜、ばかばかばか!!こんな戦場にまた戻って来たいなんて、ドSもいいところじゃないか。
 
お店の人が目の縁に憐れみの色をたたえながら、「申し訳ありません、あいにく3ヶ月先までご予約が一杯なんです」と言ってくれたときは、頭上で天使のファンファーレが鳴ったような気がした。「そうなんですか〜、残念!」なんて、心にもないことを口にしながらも、心底ホッとしている自分がいた。
 
ガラッと戸を開けてくれたお店の人に一礼して、店を出た時の開放感をどう表現したらいいだろうか。あまりの開放感とともにビールが回っていたこともあって、気がつくと私は軽快にスキップをしていた。それを見た友人が吹き出したと思った途端、今度はいきなり固まった。
 
嫌な予感がした。
 
こわごわと友人の視線の先をたどると、そこにはなんと、短い白衣にネクタイを締め、入口に立ってにこやかにこちらを見ている店の人がいたのだ。
 
そうだった! 名店と言われる店では、客が見えなくなるまで見送るということをすっかり忘れていた。
 
その人は、あろうことか追い打ちをかけるように、私達に向かって深々とお辞儀をしたのだ。地面から浮いたつま先を、どんな風に戻したらいいか一瞬怯んだことだけは覚えている。
 
顔から火が出そうなほど恥ずかしいという比喩を身を持って体感したその夜、私は人生で大切なことを学んだ。
 
戦場では決して、気を抜いた背中を敵に見せてはいけない。
 
 
 
 

***
 
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2020-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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