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おばあちゃんはタイムトラベラー


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:庄司 あきこ(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
「あんたは、本当にいつまで経っても老けないねぇ。40代くらいにしか見えないよ」
「えー! そうかなぁ。若く見える?」
「若い若い。もう70歳近いんでしょ」
 
ある日の、86歳の母方の祖母と私の会話だ。
40代に見えるのが、私。
当時はまだ、アラサーと言われるギリギリ20代だったから、40代に見えるのは大問題なのだけど。
 
結局、この会話は、
「カネさんこそ、いつまでも変わらないよー!」
「あらそう。」
と、祖母の微笑みで終わった。
 
祖父が他界してから、約15年、祖母は一人暮らしをしてきた。私たちは、同じ市内に住んでいたから、少なくても週に1回は祖母を訪ねていた。でも、ジワジワと迫っている変化に気がつかなかった。
 
最初の変化は、祖母と一緒に出かけることができるお店が減ったこと。
祖母のお気に入りのお店に行こうと誘ったとき、非常に気まずそうに断られた。
お気に入りだったタクシー会社の話題をだしたら、
「年寄りだと思ってバカにして!! あんなとこ、二度と使わない!」
と激怒した。
「最近、仲の良かった○○さんは元気にしているの?」
と聞いたら、どうやら絶交したらしいということだけがわかった。
 
祖母は、気分やではあったけど、そんなにケンカをしたり、暴言を吐くタイプではなかったはずなのだ。
 
その一方で、消費者生活センターとかでよく注意喚起がされているサービスに、よく引っかかるようになっていた。
あるときは、「シロアリ駆除」
またあるときは、「ハウスクリーニング」
またまたあるときは「消火器販売」
ほかにも、まだまだある。
いずれも、相場よりもだいぶ高額だった。
たまたま遊びに行ったときに、偶然遭遇したこともある。
あんなに用心深かった祖母が、見知らぬ業者さんを家に上げて、世間話を聞いてもらっていた。
 
わたし達は、まだ何もわからなかったから、そんな祖母を不用心だと諫めた。
 
祖母が牙をむく矛先は、次第に母に向かっていった。
母の発する一言一言に噛みついた。
「年寄りだと思って馬鹿にする」
「お前にはわからない」
「どうせわたしはお荷物だから」
ことあるごとにそう言った。
 
その頃には、母は、週の半分は祖母の家に行っていた。ある日、なぜか出禁になった。
それでも玄関先までは行くのだけど、頑なに家に入れてくれなくなった。
 
友人や、ご近所さん、民生委員の人には、
「うちの娘なんか、顔も出さない。わたしはいつも一人」
みたいなことを言っていたことを、後から知った。
 
一方で、祖母の息子である叔父にはすこぶる優しかった。
まとまった額のお金を送ることもあった。
離れて暮らしていて、年に2回くらいしか顔を合わさないのが良いのだろうか。
 
いつもいつも心配をして、食事を届けたりしている母も、いい加減疲れていた。
 
ある日、たまたま「認知症サポーター」という言葉に出会った。これか! と思った。母にも伝えて、わたし達は別々に、「認知症サポーター養成講座」を受講した。
 
それまで、祖母の言動の裏なんて考えたことがなかった。
まともに攻撃をくらって、傷ついていたのだけど、認知症だったことがわかったら、申し訳なくてしかたがなくなった。
 
認知症は、ジワジワと迫ってくる。
最初の方は、
思い出せなくなった
今までできていたことができなくなった
約束そのものが覚えていないから、約束を破ったと責められても意味がわからない
そんな自覚がある。
 
これって、めちゃくちゃ怖いことだ。
少しずつ、自分が自分でなくなっていく。
まわりと溝ができていく。
まわりが敵に見えてくる。
 
おばあちゃんは、戦っていたのだ。
 
認知症サポーター養成講座で、先生が言っていた。
「認知症の人は、一番自分のお世話をしてくれる人、一番身近な人に、一番辛く当たります。どんなに当たっても、自分を見捨てないと、信頼しているから、安心して甘えてるんです」
と。
 
祖母は、戦って、不安で、心細くて、SOSを母に出していたのだ。
 
母を家に上げなかったのは、家事ができなくなっていたからだった。洗い物も、料理も、掃除も洗濯も。ゴミ捨てさえ困難だったらしい。
 
認知症と理解してから、なんとか家にあげてもらったら、想像以上に進んでいて切なかった。
怒られないとわかった祖母は、家事をしてもらえるから喜んで家にあげてくれるようになった。
 
その後、脳梗塞のせいで、あっという間に認知症が進んだ。
元気だった頃よりもさらに、いつもにこにこして、優しい祖母になった。
素直で、かわいらしいおばあちゃんになった。
 
祖母の記憶は、年々若返っていた。
時には、40代、時には、20代、ある時には10歳くらい。
何歳に戻っていても、母のことは、覚えている。
祖母は、私が生まれるよりもずっと前に行ってしまった。
「おあばあちゃん」と言われても、意味がわからない。孫がいる年齢には居ないから。
 
私は、あるときは近所のお姉さん、その数分後には従姉妹。次の日には、叔母だと思われている。
毎日、毎分、役が変わって大変だ。祖母といるときには、私は女優。祖母は、自由に時間を行き来するタイムトラベラーだ。
生き生きと、昔の出来事を教えてくれる。
皮肉なことに、認知症のおかげで、祖母の幸せな思い出をたくさん知ることができた。
 
そんな祖母はいま、意識がない。
2年間もずっと。お医者さんも驚いている。何度も肺炎になり、何度も「覚悟してください」と言われた。
この状態で生きていて、辛くないのかと、わたし達は悩み続けている。
 
そういえば、祖母は、
「私は、ご飯が食べられなくなっても、意識がなくても、なんとしてでも生きる」
と、元気な頃に何度も言っていた。
有言実行しているのか。
 
「老いる」ということを、「生ききる」ということを見せ続けてくれている。
 
今も、幸せな記憶を行き来していてくれることを祈らずにはいられない。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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