メディアグランプリ

知られざる電子メールの戦場


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記事:カズ(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
――台風が近づいています。警戒してください。
――不審者が出ました。注意してください。
――振り込め詐欺が発生しています。不審な電話に注意してください。
 
そんなメールを受けとったことはあるだろうか。
そして、その裏側がまるで戦場のようになっていることを知っているだろうか。
 
僕はかつて、地方自治体や公共機関からの依頼で、こういったメールを一斉に配信するシステムの仕事をしていた。当時LINEやメッセンジャーはまだなく、すべてメールだった。
 
メールを送るシステム、というと簡単な仕組みに聞こえるかもしれない。数人の友達に送るなら簡単だろう。数百人のメルマガ購読者に送るのもそんなに難しくはない。しかし、数万、数十万の規模になってくると、実はこれが厄介な仕事になる。僕らは戦っていた。
 
問題なのは、悪意ある送信者である。
価値のないものにお金を払わせようと、大量の「詐欺のメール」や「ウイルス付きのメール」を送りつける人たちだ。彼らはインターネットのどこかにいるが、姿は見えない、まるでゲリラのようだ。
彼らの作戦は単純。
単に、aaaaa@……、aaaab@……、aaaac@……、といった文字列をコンピュータで延々と作る。プログラムが書ければあっという間に何億行ものリストが作れる。
そしてとにかく送る、送る、送る!
すると、何億もの宛先のうち、数百人のアドレスと合致し、届く。そして、そのうちの誰かが騙されてしまう。何億通を送りつけて、たった一人が騙されれば、悪事の元は十分取れるらしい。こんな無差別攻撃の舞台が、インターネット、メールの世界だった。
 
彼らの悪事と直接的に対峙したのは、僕らではなく、「インターネットプロバイダ」と呼ばれる人たちだ。彼らは、メールの受信箱を提供している。
現在では、docomoやau、softbankといった携帯キャリア、gmail、icloudなどグローバル企業のサービスがメジャーだが、当時は、パソコンメーカーの子会社などが多かった。biglobe、so-net、niftyといった会社名を覚えている人もいるだろう。彼らは、悪意あるメールがメールボックスに入り込まないように守っていた。
例えば、あまりに大量かつ連続でメールが送られてきたらそれを遮った。また、実在しないメールアドレスが一定割合以上含まれていたら通信自体を拒否したりした。
 
かたや、送る側も悪知恵を絞る。
送り元のコンピュータを複数用意して、拒否されるたびに別のコンピュータに切り替えたりしていた。
 
まさしくイタチごっこだった。
 
僕らは、そんな戦場の中で、「正統な」メールの送り主として仕事をしなければならなかった。インターネットプロバイダから拒否されてしまっては仕事にならない。
さながら、赤十字の旗を上げ、味方に攻撃されないように本丸に近づいていく、医師団のようだ。
 
拒否されないように届けるテクニックは色々あった。
最も肝心なのは、データの「鮮度」を守ることだった。届かないアドレスの割合は、受信拒否に直結する。だから、契約切れなどで届かなくなった古いメールアドレスがあった場合、次からはそのアドレスには送らないようにマーキングした。そうやって、データの「鮮度」を保つ。
技術的な取り組みを複合的に組み合わせて、ようやく、僕らは必要な大量のメールを届けられるのだ。
 
何年前だったか、その中に一つ、忘れられない仕事があった。
それは、首相メルマガの配信であった。
 
首相メルマガの購読者は何十万。その規模は、僕らにしてみれば、それほど未知の領域ではなかった。しかし、よくよく見てみると、古い登録データも消されずに残り、届かないアドレスも多数含まれている、極めて「鮮度の悪い」リストだった。
 
「届かないアドレスが2%以上あると、インターネットプロバイダは、我々をスパムメール業者と見なして、受け取り拒否されてしまいます」
 
僕は、内閣府の担当者にいつもの説明をした。
 
「なので、届かないアドレスを削除して、新しいリストで送らせてください」と。
 
しかし、内閣府の担当者は首を横に振った。
 
「それが、ダメなんです」
「なぜですか?」
「送信しているメールの数は、内閣府のサイトに掲載しています。突然購読者数が減ったら、『総理の支持率』に影響する可能性があります」
「支持率!?」
メールの打ち合わせに支持率という単語が出てくるとは思わなかった。
内閣府の担当者は続けた。
「なんとか、そのまま送る方法はありませんか?」
僕らは頭を捻った。
技術的に、うまくいく方法は見つけられなかった。
 
僕らが考えあぐねていると、内閣府の人は僕らが考えもしなかった提案をしてきた。
 
「では、インターネットプロバイダの人たちに電話で頼んでみましょう。首相メルマガを受け取っていただけるように」
 
うまくいくとは思えなかった。インターネットプロバイダは何十社もある。
それに、彼らにとって、怪しいメールを拒否することは極めて重要なはず。
首相メルマガが配信される間、悪意あるメールに対して無防備な状況を許すとは到底思えなかった。
しかし、代案を出せない僕らはその案を黙認せざるをえなかった。
 
そしてその晩、首相メルマガは配信された。
 
僕らは、途中で送れなくなって呼び出されるであろうと覚悟をして、徹夜で待機した。
配信がスタートする20時。
そして、21時……、何もない。
22時……、23時、静かだ。
配信が終わったのは、日付が変わる前だった。
呼びだしは来なかった。
驚くべきことに、どのインターネットプロバイダもメールを拒否せず、すべてのメールは処理された!
 
内閣府がどんな頼み方をしたのかは分からない。
 
しかし僕は学んだ。
システムの仕事だからといって、切り抜ける方法は、技術だけではない。
おそらくこれは技術的に正しいアプローチではない。
ただ、戦場では、柔軟でないと生き残れない、と。
 
僕はもう離れてしまったけれど、その戦場で戦っている人たちはまだたくさんいる。
メールじゃない戦場もたくさんある。
システムの見えないところで戦っている彼らを、僕は懐かしく思い出しつつ、今も陰ながら応援している。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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