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ノアの方舟に乗った動物に、会いにいこう


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ノアの方舟に乗った動物に、会いにいこう
記事:月村あゆみ(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「プーズー2ペアを日本へ送る」
飼育員、ホセ・ロドリゲスは、全く予想だにしなかった園長の言葉に息を呑んだ。どの個体のことだろう。
「最近来たあの4頭だ」
それは、犬に襲われていたり、母親とはぐれたのか離乳前の兄弟だけで彷徨っていたり、違法に捕まえられ、金持ちのペットとして飼われていたけれど、食事を取らなくなったからと持ち込まれて保護された、あの4頭のことだろうか。
どの個体もかなり状態が悪く、今の状態にまで持ってくるのは大変だった。その分、獣医も飼育員もみんな、思い入れが強いのだが。
 
ああ。そういえばここ数ヶ月のうちに、園長が見慣れないアジア人とシカ舎の前で話し込んでいるのを何度か見かけたことがあったっけ。
あれはそういうことだったのか。
 
世界最小のシカであるプーズーは、チロエ島の固有種だ。
近年、生息環境がヒトによって開発され、島に持ち込まれた飼い犬や逃げ出した野犬に襲われ、乱獲され、個体数が大きく減少している。
レッドリストにも絶滅危惧種として掲載され、ワシントン条約でも保護されている希少なシカなのだ。
チリ中の動物園が保護に乗り出しているが、それでも追い付かず、その個体数はどんどん減っている。
 
「外国でプーズーを飼育するのは難しいと思うがね」
自然と口をついて出た。どうしても非難がましい口調になってしまう。
日本。
遠い遠い金持ちの国。
とんでもない値段のカメラや、車をたくさん作っている国。
ホセたちが保護し、これから大切に飼育していこうとしていた4頭のプーズーたちは、高く売れたのだろうか。ワインやサーモンみたいに。
「プーズーはチロエ島の固有種なんだぞ。チリ国内ですら飼育が軌道に乗っていないってのに。南米ならまだしも、アジアはチリとは気候も環境も大きく違うじゃないか。なぜ、日本なんだ? 4頭が無駄死にするんじゃないかと、おれは心配だ。賛成できないね」
園長と目を合わせないようにして、ホセは一気に言った。
 
「日本には在来種ニホンジカの亜種が7種もいるし、外来種も野生化して土着しているんだ。だから、おれは、プーズーにも気候や環境が合う可能性が高いんじゃないかと希望を抱いているんだよ」
ホセの反対を見透かしていたかのように、園長は言った。そして、なだめるような口調で続ける。
「ホセはよくやってくれているよ。ホセだけじゃない。おれたちはみんな、プーズーのためにベストを尽くしてる」
園長の声に悔しさが滲んだ。
 
思えば、園長とも長い付き合いだ。もともと希少な野生動物の保護活動をしていた尻の青い青年だった彼が、私財を投げ打ってこの動物園を買い取り、他の動物園にいたホセをヘッドハンティングして飼育チームを立ち上げたのだ。
その園長が、プーズーを日本へ送るといっている。
どうやら、今回の話が、ただ札束で頬を叩かれただけではなさそうだと想像がついた。
 
「でも、このままあの4頭をここへ置いておいても、繁殖なんて夢のまた夢だ。今までの個体と同様、ただ死んでいくばかりだろう」
園長の言うとおりだ。なにが合わないのか、チリ国内の動物園ではプーズーの飼育成績がとても悪く、保護しても早いうちに死んでしまう例が続いている。ホセの園も例外ではなかった。
今のままでは繁殖どころではないが、飼育がうまくいかない理由すらよくわかっていないから、手の打ちようもない。ホセは唇を噛んで黙り込んだ。
「おれだって手放したくない。ここで一生面倒を見てやりたいと思ってる。でも、このままじゃ遅かれ早かれプーズーという種は絶滅してしまうだろう。あの4頭は若いし、まだ繁殖できるチャンスがある。あいつらがプーズーという種にとっての、最後の希望になるかもしれないんだ」
園長の言葉が熱を帯びる。
「知っているだろう、ホセ。動物園の果たすべき4つの役割を」
「ああ。種の保存、教育、調査・研究、そして人々を楽しませることだろう」
「そうだ。種の保存。希少動物が生息地の外でも生きていけるよう、絶滅しないように保護するのが、動物園の大きな役割だよな。……なあ、ホセ。おれは常々、動物園はノアの方舟みたいなものだと思っているんだ。でも、チリの動物園の用意した方舟は、どうやらプーズーの乗っているところに、穴が開いてしまっているようだ」
チリは歴史的にカソリックが多い。園長もホセも例外ではなかった。ホセの脳裏に、子どものころワクワクしながらページをめくった、旧約聖書を元にした絵本のイラストがよぎった。
「おれはあの4頭を、本当のノアの方舟に乗せてやりたい。日本は、プーズーにとってのアララト山になるんじゃないか。日本こそが、プーズーのためのノアの方舟の終着点だと、おれは信じているんだよ」
 
こうして、南米チリ、サンチアゴ・メトロポリタン公園から、2ペアのプーズーが日本の埼玉県こども動物自然公園に託された。
 
4頭はそれぞれサイ、スミレ、リオ、ピナと名付けられた。 園長の予想どおり、日本の気候はプーズーによく合っていたようで、専用のプーズー舎で順調に繁殖している。
ピナは昨年亡くなってしまったけれど、何度か子供も生まれ、現在は7頭にまで増えている。プーズーが産まれ、増え、地に満ちる日も近いだろう。
希少動物保護を志した園長というノアの用意した方舟は、2ペアのプーズーを乗せ、見事に日本というアララト山へたどり着いたのだ。
 
ノアの方舟に乗った動物に会える動物園。
埼玉県こども自然動物公園に、ぜひ行ってみてほしい。
 
 
 
 
***

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2020-08-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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