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また夢で逢いましょう


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また夢で逢いましょう
 
記事:晏藤滉子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「あの人は、もういないのか・・・・・・」
私は夢から覚めたまどろみの中、静かにそう確信した。
 
6年前のことだ、私は不思議な夢をみた。
 
夢の中では、あの人が不意に自宅にやってきた。戸惑う私にあの人は告げた。
「あと2時間したら、皆ここへやってくる」と。
私はすぐに自宅から出なければと荷物をまとめ始めた。
2時間か・・・・・・何を持っていこう。追われるかのように焦っていた。
そして、一個のバッグを持ってあの人に別れを告げに行った。
私に背を向け胡坐をかいて座っている。大きな背中しか見えなかった。
「もう、もめるの嫌だから出ていくよ。それじゃ元気でね」
私がそう伝えると、あの人は背中を向けたまま右手を挙げ大きくゆっくり手を振っている。そこで不思議な夢から覚めたのだ。
 
寝起きのボーっとした状態の中、手を振っていた姿が脳裏から離れない。
夢から始まった得体のしれない胸騒ぎは私を支配した。
そして数日後、あの人の訃報は私の元へ届けられた。不思議な夢は亡くなった翌日のことだった。
夢からの流れで根拠のない確信を抱いていた私は、電話口に出た瞬間から泣きじゃくっていたことを鮮明に覚えている。封印していた感情があふれ出してしまったようだった。
 
「あの人」とは、私の実父だ。
 
15年程前に私は家族の中で孤立していた。原因は抽象的だが「両親の正義」と「私の正義」のせめぎ合いだった。歩み寄りしたくても、しようとすればするほど泥濘にはまってしまう。私は自分が壊れる寸前に家を出る決意をした。両親からみたら親の意に沿わない娘への勘当処分。連絡も絶たれ、この時から鉄のカーテンが降ろされたのだ。
 
そこから「私の人生」は再スタートした。大変な事も辛い事も沢山あった。でも何故だか孤独は感じなかったのだ。多数の中の孤独に比べたら、新しい生活の場は安住の地だった。それに加え、当時の私の原動力は「私が身を持ち崩したら、あの人達に正当性を与えるだけ」だったのだ。
 
今から思うと、歪んだ原動力だと思う。相手に正当性を与えないという復讐に近いもの。歪んだ原動力は、まるでジャンクフードのようだ。取敢えずお腹に入れれば血糖値を爆上げして交感神経を刺激し、にわか仕立ての臨戦態勢に入っていける。体に悪いと分かっていてもやめられない。ただ歪んだ原動力は長期化すればするほど無力感が弊害として現れるものだ。
 
不思議な夢を見た時は正にそのタイミングだったようだ。
実家と距離を置いて9年間、歪んだ原動力で走りぬくには限界を感じ始めた頃だったのかもしれない。
 
夢の中に現れた「あの人」は相変わらずの雰囲気で登場した。
「昭和一桁世代」らしく頑固で厳格で天邪鬼。何事も自分の意見が絶対というタイプ。いつも本を読んでいるか、盆栽の世話をしている人。父が会社から帰ってくると、家族は飼い犬を含め皆緊張していたものだ。そういえば笑った顔なんて思い出せない。
 
ただ一つだけ驚くことがあった。夢の中で、別れ際に「じゃあ元気でね」と伝えたとき、背中を向けたまま右手を大きく振ったのだ。手を振るなんて決してしない人だったのに・・・・・・。夢の中であっても私は何故だか嬉しかった。
 
単なる夢の中のワンシーンに過ぎないのに、目が覚めた時の私はとても満ち足りて暖かな気持ちに包まれていた。私は忘れられていなかったのだ。最後に逢いに来てくれたのだ。この時、私の中で「あの人」が「お父さん」に戻ったことをすぐに感じとった。
 
ただ、私は父の最後の顔を見ることは叶わなかった。10年近くも音信不通だったし、晩年の様子も分からない。亡くなったと云われても、どうしてもピンとこないのだ。(だから、父の方からお別れに来たのだろうか?)
この世界の中で何処かに父が生きているような、今でも「父の死」に対して認識が持てないでいる。もしかしたらお葬式というのは、「残された人々」の為に存在するのかもしれない。 「故人はこの世界から旅立ったのだ」という認識を促す大事な儀式なのだろう。
 
そして現在、不思議な夢から6年経った今も父は生きているような錯覚を覚える時がある。ただ、私自身を縛っていた歪んだ原動力は大幅に軌道修正されているようだ。
 
怒り、意地、遠まわしな復讐を原動力にしていた頃は、自分を痛めつけるようなことが多かった。仕事を逃げ道にしていたこともあった。今では自分に対して丁寧に向き合っていると実感している。「もう好きに生きても良いのだ」と自分を許すようにもなった。
 
夢の中で父は手を大きく振った、それだけなのだ。でも私はそこに父なりの優しさを見いだした。本当に些細なことなのに、それは何年も続いた確執をとかすものだった。ただ、これは時期が違えば何も変化が起こらなかったかもしれない。家を出たピリピリしていた頃の自分だったら、優しさとか見出せなかっただろう。時間と環境が私と父を穏やかにさせてくれたのかもしれない。
 
6年前の不思議な夢。これは「父がお別れに来た」のかもしれないし、
単なる夢であり、偶然の一致と言われたら否定は出来ないものだ。何故なら「夢」は実体のないものだから。でも、私の見た夢は、自分が見たいように解釈したい。手を振った意味も、父に確認したならば全然違う意図なのかもしれない。でも、それはそれで頑固な父らしいことだ。
 
不思議な夢によって私は呪縛をとかれ自由になった。
父とは笑って話すような雰囲気の親子ではなかったけれど、
もしあの世が退屈で、手持ち無沙汰なら父に伝えたい。
 
「また夢で逢いましょう」と。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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