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飲むヨーグルトは、飲み物ではないんですか 


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記事:土屋 滋雄(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
私は総合病院に勤務する麻酔科医です。
麻酔科医の仕事の一つに、手術の際に麻酔をして、患者さんの全身を管理するという仕事があります。手術の前には、「こんな麻酔をしますよ」という説明をさせてもらっているのですが、時折、「あれ、患者さんに伝わっていない」と感じることがあるのです。
「明日は全身麻酔をしますよ。点滴のお注射から、眠るお薬を体に入れていきます。10秒ぐらいで眠ってしまいますよ。その後、口からのどに呼吸の管を入れます。手術中は人工呼吸されながら、眠っていますからね」
全身麻酔が初めての患者さんにも、このように口頭で説明していきます。
麻酔科医の手術前の説明というものは、何だかラジオの野球実況のようだなと感じます。テレビだと投げて、打って、走って、点が入りそうなのかな、という事が視覚的に入ってきます。一方ラジオだと、これらの出来事を適切に選んで、適切な口調で話さないと、全く伝わりません。上手い実況の方だと、誰が打って、どんな状況で、点が入りそうなのかというのが頭の中に映像のように浮かびますよね。
それと、麻酔科医の説明は似ているなと感じます。相手の想像力を借りて、上手く正確に伝える必要性です。しかし、いつもうまくいくとは限りません。伝わらなかったことが原因で、手術を延期せざるを得ない状況になってしまったことがありました。プライバシー保護の観点などから、若干の脚色が入りますが、実例を挙げてみたいと思います。
 
例えば、こんな事件。
手術前日
麻酔科医師
「明日は全身麻酔ですから、夜九時以降はご飯食べないでくださいね」
患者
「わかりました」
 
翌日
看護師
「先生、患者さんが朝、パンを食べてしまいました」
麻酔科医師
「えー、食べないでって言ったのに」
看護師
「ご飯は食べないでって言われたからパンにしたとのことです」
麻酔科医師
「……」
 
これで患者さんの手術は延期となってしまいました。麻酔科医師の配慮が足りなかった出来事です。どうしてこのような事態が起きてしまったのか、整理していきましょう。
前提条件として、「全身麻酔の際に胃の中に食べ物が残っていると、嘔吐する危険性がある。嘔吐により誤嚥性肺炎という危険な肺炎になるかもしれない」という事実があります。次に、「固形物等の食事は麻酔の6時間前まで、水、お茶などは2時間前まで摂取可能」という考えもあります。これらを麻酔科医師は、適切に患者さんに伝える必要があったのです。
最大のミスは、麻酔科医が「九時以降は何も食べないで欲しい」事を伝えるときに「ご飯を」食べないでと伝えてしまった事です。「食事」=「ご飯」とした、言葉の選択は良くありませんでした。
それから、食べたまま麻酔をすると危険ですよと言う理由を患者さんと共有できていれば、伝わり方も違ったのかもしれません。全体的な説明が足りなかったといえます。
 
もう一例。
麻酔科医師
「明日は全身麻酔ですから、夜九時以降は何も食べないでくださいね。朝の七時まで、水やお茶は飲んで良いですよ」
患者
「わかりました」
 
次の日
看護師
「先生、患者さんが、朝七時に飲むヨーグルト飲んじゃいました」
麻酔科医師
「確かに、食べてない。でも、延期ですね。涙」
 
これで、やはり患者さんの手術は延期となってしまいました。たとえ、飲むヨーグルトであっても、水よりは胃の滞在時間が長くなるので、吐いてしまう危険性が高くなるのです。
どうしてこのような事態になったのでしょうか。「固形物等の食事は麻酔の6時間前まで、水、お茶などは2時間前まで摂取可能」を伝えるために努力はしたのですが、完全なイメージの共有はできませんでした。重要なのは、「夜九時以降、朝まで口にしていいのは良いのは、水、お茶だけですよ」という事が伝わらなかった理由です。
患者さんはきっとこう考えたのだと思います。
「夜九時以降は食べられないのだから、飲み物を飲もう」
「水やお茶は飲んでいいと言われたけど、飲むヨーグルトを飲んではいけないとは言われていない」
患者さんが正しいです。「飲めるのは水とお茶だけです」と限定してお伝えするのが良さそうです。
このように、言葉の選択や伝え方によって、大切なことが相手に伝わらないと言うことが起きてしまいます。とはいえ、正確にもれなく話そうとすると、相当な時間がかかってしまうので、「最低限、何を伝えるべきなのか、何を理解してもらう必要があるのか」は、日々アップデートする必要があります。その時には、患者さんの想像力を借りながら、その想像と自分の伝えたいことが同じになるように、コミュニケーションを取る意識が重要です。
説明が、きちんと頭の中に映像が浮かぶような、名実況者に近づきたいものです。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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