僕の梅仕事と策士な彼女
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:津森あずさ(ライティング・ゼミ日曜コース)
※この記事はフィクションです。
梅雨の晴れ間のある日、僕は人生で三度目の『梅仕事』に精を出していた。
小さい頃から料理には興味があって、料理上手の祖母の足にまとわりついては「お手伝い」と称していろいろ経験させてもらった。しかし年齢が上がるとともに、部活だの、塾だのと毎日が忙しくなり、全くキッチンに立つことはなくなってしまった。
そんな僕も大学生になって一人暮らしをするようになり、再びキッチンに立つ生活を送ることになった。YouTubeを見れば様々な料理動画が上がっていて、「次は何をつくろうか?」と考えるのも楽しい。
お買い得品を上手に使ってメニューを考えるのにも慣れてきて、スーパーに入り、値下げコーナーへまっしぐらに向かおうとした時、たくさんのコロンとした色鮮やかな青い梅の実が目に入った。
「そういえば昔、おばあちゃんの家のシンクの下に梅を漬けた瓶があったな」と懐かしく思い出した。思わず、お買い得品ではなく、梅の実と氷砂糖、保存瓶を買い物カゴに入れていた。
僕は酒を飲まないクチだ。だから、一年目と二年目は梅シロップを漬けた。炭酸で割ると、とてもうまい。
今年は梅酒が好きな彼女のために、梅酒とシロップ、両方を仕込むつもりでいる。
竹串を使って丁寧にヘタを取っていると、ダイニングの椅子に座って本を読んでいた彼女が何の前置きもなく
「ねえ、パスカルが『人間は考える葦である』って言ったじゃない?」と話しかけてきた。
僕の彼女はいわゆる『天然』だ。平気で「いとこの妹がね」とか言ってしまう人だ。「いとこの妹だって、いとこだろ?」そう僕が突っ込んでも、そのまま平気で話を続けてしまう。
だからこの時も僕は「また突然、訳わからんことを言い始めたな」と思いつつも、一応素直に「うん」と返事をした。
彼女は話を続けた。
「でもさ、葦って何かよくわからなくない?そんな何だかよくわからないものを例えに出されても余計に意味わからないじゃん。でね、何かいい例えがないかな、って考えてて閃いたの! 『人間は考える梅である』どう? 私、天才じゃない?」
「……。いや、ごめん。全然わからないわ。説明して」
彼女はちょっと得意げに説明を始めた。
「梅の実は始めは青くて固いでしょ。だんだん色が変わって柔らかくなる。人間も同じじゃない? 梅酒にしたら、最後に実は皺々になるけど、梅酒自体は時間が経てば経つほど深い味わいになったりする。これも人間と同じ。でね、さらに言えば、梅は職人の加工の仕方で味も形も変わる。梅酒にするのと、梅干しにするのと、ジャムにするのと、全然違うでしょう? 苦かったり、酸っぱかったり、辛かったり、甘くもなる。人間だって誰と出会うかでその先の人生が大きく変わったりするでしょ。ほら! 『人間は考える梅である』、そう思わない?」
「おお! なるほど! すごいな!」
僕はすっかり感心してしまった。天然発言炸裂かと思いきや、めちゃめちゃ哲学的な話だ。
僕に褒められた彼女は、さらに得意げな表情になって続けた。
「でね、大事なのは、『考える』ってところだと思うのよ。その後ろにくるのが葦でも梅でも意味が通じる、ってことは、大事なのはそこじゃない。葦も梅も、例えばそこに犬とか豚が代わりに入ったとしても、一番の違いは『人間は考える』ってところでしょ。だから私はね、人間はもっと考えなきゃダメだ、って思ってるのよ。みんな、考えるより感情に左右されすぎ」
「知ってる? 感情は、過去の経験の蓄積から出来てるのよ。嬉しいも、悲しいも、楽しいも、腹立つも、だいたいが過去の経験に基づいた感情。で、それを『正しい』ことだと無意識に信じていて、その感情を大事にしなきゃ、って思ってる人が多すぎると思うわ」
「変わりたい、変わりたいって言っててもなかなか変われないのは、感情に自分の人生の舵を握られてるからよ。もっとちゃんと思考して、自分がどうありたいのか、自分で決めなきゃ。私ね、タクミと出会ったから、こう思えるようになったんだよ」
彼女の『演説』をすごいなあ、と思いながら、梅仕事の手を休めて聞き入っていた僕は、突然そんなことを言われてびっくりしてしまった。
「いや、自分、そんなこと、考えたこともないけど」と、戸惑った返事をした僕に、彼女は言った。
「意識してなくても出来てるところがすごいんだよ。タクミはさ、感情的に怒ることもないし、過去の栄光にも、失敗にも惑わされることなく、やりたいことに次々に挑戦してるじゃん。そういうところ、すごく尊敬する」
『天然』はコワイ……。恥ずかしげもなく、さらっと、本人の目の前で褒め言葉を口にする。
「いやいや、僕はそんな君こそ、すごいと思うよ」
僕の耳は真っ赤だっただろう。
「それに、タクミは料理もしてくれるし、いつも優しい。ありがとう!」
輝くような笑顔で行った後、ちょっぴりニヤニヤしながら彼女が言う。
「ねえ、夏休みになったら、どっかに旅行に行かない? どこに行きたい? 私、優しいから、タクミに『考え』させてあげるね! うふふ。ありがたいでしょ?」
「そうやって、いつも僕に丸投げだろ? 人間は考えなきゃダメだ、ってたった今言ってたのは誰だよ。しょうがないなあ、全く」
僕はいつだって、『天然』のようで、実はかわいい『策士』の彼女に完敗なのである。
***
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