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中華料理店で一方的に彼氏に尽くしたみたいな日々


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:籾山尚子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
昼食を食べようと小さな中華料理店に入ったとき、何かに似ていると感じた。
「何が?」と、すぐに出てきたレタスチャーハンを食べながら考える。
コロナが流行し始める前のことである。
店は混雑していて、でも回転は速く、サラリーマンがひっきりなしに出たり入ったりしていた。おかみさんが動き回って鮮やかに店を回している。
 
「あ、これは営業所だ」
 
中華料理店は、その賑やかさが私が以前働いていた保険営業の現場にとても良く似ていたのだ。
何かを炒める音、お皿を洗う音、電話の音、店のドアが開いて出ていく客、入ってくる客、出前のバイクが止まり、おかみさんが大きな声で注文を読み上げる。
営業所はいつもこんな風に賑やかだった。
 
うちの会社は全国に営業所があるが、その現場では人と人とのぶつかり合いが日常で、いつも誰かが怒り、別の誰かが泣き、そしてみんなで笑っている。
「大人がこんなに感情を出すものなのか」と驚くほどである。
 
さすがに殴り合いはなかったが、言い合いになって花瓶の水をぶっかける程度の事件は時たま起こった。
 
私は営業をしていないが、そこで事務をしていた。
常に騒がしいオフィスで事務をするのも大変だ。
お客様からの電話もジャンジャンかかってくるし、営業さんはどんどん出かけては帰ってきたり、今日は戻らないだの、出先から確認してきたりだの、毎日のスケジュールが決まっていないので、動きが読めない。
そして、部屋の中がうるさいので常に大声で話さないと誰にも聞いてもらえない。
 
中華料理店で言えば、出前の電話を取りながら、帰るお客の勘定を計算し、注文したくて手を挙げている客には「分かってるよ」と目で合図を送る、といったおかみさんの動きに似ている。
常に人が出入りしている現場では、そんなアクロバティックな動きが事務員にも求められるのだ。
 
会社に入って5年目、私は営業事務の仕事をすることになった。
営業さんがもらってきた契約の申込書類を処理する仕事である。
 
それまで、営業という仕事を間近で見たことがなかった私は、お客様から契約をもらってくる大変さを知り、心を打たれた。
さらに営業さんはシングルマザー等、苦労している人も多く、私は「この世で一番頑張ってるのは営業さんだ!」とすっかり尊敬してしまった。
 
私はせっせと働いた、営業さんのために。
営業さんが毎日明るい気持ちで出かけて欲しい、そしてどんな結果で帰ってくるとしても明るく迎えてあげたい、と、それはまるで毎日彼の好物を作って待っている健気な彼女だった。
 
もらってくる契約書には当然不備のあるものも出てくる。
そういう場合、事務のルールとしては点検した事務員が気づいて営業さんに返却しなければならない。気づかずに本社に出せば、その不備がカウントされ事務員の点検が甘いということで注意を受ける。そして、書類は一式取り直しだ。
 
しかし、営業側には営業側の都合がある。
今月の目標であったり、達成しなければならない基準があったりして、後から不備になってもいい、とにかくその日に処理してもらわなければ困る、ということも多い。
 
「お願い、処理して!」
「ОK、分かったよ!」
 
そういう時、私は迷わず処理をした。
何せ、営業さんが一番大変で頑張っているという考えがあるため、その営業さんを悲しませることなんてしたくなかった。
もちろん、やりすぎである。
彼氏のカンニングに手を貸すようなものだ。
本社で不備が見つかれば、当然私が怒られる。
しかし、当時の私の気持ちは「自分の評価なんてどうでもいい。営業さんに笑顔を」であった。献身である。
 
果たして、私が処理した書類からは大量の不備が本社で発見された。
私は上の人から怒られた。悲しかった。
 
「もうカンニングはだめだ……」
 
その後は明らかな不備に関しては返却するようにした。
その代わり、別の分野で営業さんをフォローしたいと考え、営業さんへの声かけに熱を入れ始めた。
 
朝の「おはよう」に始まり、出かけていくときの「いってらっしゃい」には「頑張って!」の気持ちを込めに込め、帰ってきたときは、上手くいったのかいかなかったのかを読み取るべく、じっと様子を伺って、必要に応じてお菓子を差し入れた。相変わらず、重めの彼女である。
 
ある日、会議で謎の棒グラフが資料として配られた。
縦に伸びる棒が並んでいるが、棒は左から右に行くにつれ低くなり、途中からはゼロ。
そして、一番左の棒にはニョロニョロと省略記号がついていて、「本当はこれよりもっと高いんだけど、入りきらないから目盛りに合わせてこうしているよ」ということが示されている。
 
「はっ! これは…」
 
私は気づいた。
これは、各営業所の不備率のグラフで、そしてニョロニョロのある一番高い棒がまさに私の不備率であった。
2位を引き離してのダントツ1位。
表に入りきらないほどのぶっちぎりの独走で駆け抜けていた。
 
どうやら、営業さんへの声かけに気を取られるあまり、敢えての不備スルーではなく、純粋に大量の不備を見落としていたようなのだ。
 
私は、改めて上の人から怒られた。
聞くところによると、私の不備率のせいで、うちの事務員全員のボーナスが減るかも知れないという。悲しかった。
 
しかも「営業さんが目の前にいると君は心を持っていかれてしまうから、営業さんが見えない位置で仕事しなさい」と言われ、私はひとり、パーテーションで区切られた小部屋で仕事をすることになった。悲しかった。
 
少しして、私はその営業所の担当から外れた。
 
今、私は営業所ではなく本社のシステム関連の部署にいる。
誰も喧嘩していないし、泣いてもいない。
お客様からの電話は来ないし、内線も決まった人からかかってくるだけ。
とても静かである。
 
当時の自分の営業さんへの気持ちは熱すぎて重すぎて、何にせよやりすぎだ。
誰もそこまで求めてないよ、というレベルで肩入れしていた。
そうは思うけれど、でも、歩合制というシビアな世界でたくましく働いている皆をやっぱり尊敬しているし、いつも応援している。
 
もし、また営業所に戻ったらどうなるだろう。
中華料理店で見ていて気付いたが、おかみさんはずっと笑顔で楽しそうだった。
それだけで、あんなに忙しいお昼どきでも、店はいい雰囲気を保てるのだ。
 
あの時の私も、本当はそうやって笑っていることで営業さんを励ますことができたのかも知れない。その時には何故か尽くし過ぎみたいな方法でしか、働けなかった。
あの日々は、私を初めて彼氏ができた高校生みたいな気持ちにさせた。
今ならちゃんと出来るだろうか。
少し怖いが、今度はおかみさんくらいドンと構えて上手く回してみたい。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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