メディアグランプリ

やさしさとかくれんぼ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事;佐藤 未希子(ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
 
 
「わたしもあからさまなやさしさは、苦手だな……」
 
SNSのフィードに流れてきたビートたけしの言葉を読んで思わずつぶやいた。
 
そのフィードには「本来のやさしさは素っ気なくて、時には厳しさで表現することもあって、わかりにくいもの」そんなようなことが書いてあった。
 
フィードを読んで、母のヴェトナム旅行の話を思い出した。
 
手芸が趣味な母は何年か前から東南アジアの国々にその土地の生地の生産地を訪ねる旅に出るようになっていた。
インドの更紗、インドネシアのバティック、ラオスの織物の生産地を経て、その年はヴェトナムの刺繍生地の生産地を訪ねた。
郊外の田園地帯の真ん中にあったその村には2~30軒ぐらいの家々が密集していて、その中の何軒かが刺繍の工房になっていたそうだ。
 
工房の中には何人かの少女が集まって、刺繡を指していた。
少女達はみんな手に2~3cmぐらいの陶片を握っていて、一つの色の模様を指し終わるとその陶片のとがった部分でピッと糸を切り、また次の色の模様を指していく。
指し終わるとまた陶片でピッと糸を切る。
実にリズミカルなその様子に母はしばらく見入っていたそうだ。
すると、ふと自分の鞄の中の刺繍用の鋏を思い出した。
 
金色で鶴の形をしたその刺繍用の鋏は、長いくちばしの部分が鋏の刃の部分になっていて、ふっくらとした羽の形部分が指を入れるようになっていて、小さいけれどとても美しいものだった。
母はこの種の刺繍の鋏をコレクションしていて、その日も鞄の中に1つ入れていたのだった。
 
母がその鋏を鞄から出すと、ある少女が「ここを切ってみて!」とばかりに糸が垂れている生地を差し出した。
糸をパチンと切ってあげると、少女は屈託のない笑顔を見せた。
母はその少女に鶴の鋏を貸してあげると、嬉しそうにしばらく使っていたそうだ。
 
「それで、その鶴の鋏をプレゼントしてあげてもいいかな? と思ったけど、でも、結局あげなかったの」母は思い出話の最後にそう言った。
 
「さんざん期待値上げといて、プレゼントしてあげればよかったのに。どうせ沢山持ってるんだし」私はそんなようなことを言ったと思う。
 
この話を聞いてしばらく経った後、母が卒業した学校の同窓会の会報誌にこのヴェトナム旅行の思い出を書いていたのを見つけた。
 
その文章によると、母があの少女に鶴の鋏をあげなかった理由はこうだった。
もし、母があの少女だけに鋏をプレゼントしたら、彼女を思いもよらぬトラブルに巻き込んでしまっていたかもしれない。
鋏をめぐって争いが起きて、誰かに傷つけられたり、誰かを傷つける可能性もある。
それでは、あの村の少女全員に鶴の鋏をプレゼントすれば良いのか?
やろうと思ったら、できなくはない話だけれど、彼女達が自分の手にあったちょうどいい陶片を見つけたり、いつの間にか自分の手に陶片がなじんでいく楽しみも奪ってしまうかもしれない。
なによりも、あの刺繍を指しては切る、指しては切っていくあのリズミカルな作業は鶴の鋏ではできない。
あれはあの陶片だからできるリズム。
だから、鶴の鋏をプレゼントするのをやめたのだった。
 
あのヴェトナムの少女には母のやさしさは伝わらなかったかもしれない、いやむしろ伝わってないと思うし、もしかしたら、ケチなおばあさんとさえ思ったかもしれない。
でも、結果として母はあの少女の幸せを守ったのだ。
こういうやさしさを私は誰かに届けることができるだろうか?
わたしは思い出話を聞いた時、そんな母のやさしさを想像することもできず、ちょっと意地悪なことさえ言っていた。
 
やさしさの難しさを思う時、もう一つ思い出すことがある。
 
前に勤めていた会社で個人情報の漏洩事故が起きた。
私はこの事故の対応に一人であたることになった。
当時会社は立ち上がって数年のベンチャーで、事故の対応など初めてで、親会社のエンジニアのチーフの指示に従うことになった。
無表情で、無駄なことは一切言わないそのチーフの淡々とした指示に、ただただ粛々と言われたとおりに従うだけだった。
 
正直この手の人は苦手だった。
冗談の一つでも言ってくれたら、もう少し楽にできるのに。
だから理系の人は苦手。
そんなようなことを思っていた。
 
事故が起きてから、1週間ぐらいして、最後のクレーム対応が終わり、チーフに報告のメールを送り終わると、電話が鳴った。
 
あのチーフだった。
 
「佐藤さん、本当にお疲れ様でした。よく一人でがんばりました!」
 
それまでに聞いたことのないような優しい声で言われて、思わず目から涙があふれてしまった。
チーフはあの1週間、とにかく最速で、正しい対応をするために無駄を省き、事故を収束させるというゴールに私をただただ導いてくれていただけだったのだ。
それまでのチーフの対応に血も涙もない人だと自分が勝手に思っていただけだったと気づいた。
 
やさしさは本当に難しい。
でも、あからさまなやさしさを誰かにこれみよがしに押し付けるようなことはしたくない。
誰かにやさしさを届ける時は、気づかれないよううまいこと隠して届けたい。
誰かがやさしさを届けようとしてくれている時は、うまいこと見つけ出して、感謝の気持ちを精一杯伝えたい。
いや、見つけ出しても気づかない振りをした方が良い時もあるかもしれない。
ああ、やさしさは本当に難しい……
 
 
 
 
***
 
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2020-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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