小学生が毎日アイスを5個食べられるのは幸せなのか
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記事:坂東 愛(ライティング・ゼミ日曜コース)
築30年近い2Kの社宅に住んでいる。小学生の私が最も恥じていたことだ。
世の中で社宅に住んでいる人間はそう少なくはないはずなのだが、私にとって、「社宅に住んでいる」のは「家が貧乏である」ことを意味していた。こんな考えを持つようになってしまったのは、同じ社宅に住む幼なじみのひと言である。
「3組でおうちがお金持ちなのは誰か知ってる?」
「えっ、誰かわからないよ」
「めぐみちゃんもよく知ってる子だよ」
「え〜っ? 誰だろう?」
幼なじみは、私と同じクラスの、ある3人の名前を挙げた。理由を尋ねると、おやつにアイスをたくさん食べられるからだと言う。アイスをいちばん多く食べられる子は、5個だった。私は人並みにアイスの好きな子どもだったけれど、お腹が弱かった。いくら好きでも、2個だって無事に食べられるかどうか怪しい。そこで、私はこう返事した。
「私は1個でいいかなぁ」
返事はしたものの、幼なじみのこの発言は、想像以上に自分に刺さった。社宅住まいは学校では少数派。親の転勤で生まれてから何度も引っ越しや転校を経験している子は、クラスにほとんどいなかったのだ。3人の同級生は、地元で生まれ育ち、みな一戸建てに住んでいた。そして、お小遣いを十分にもらっていて、自由にサンリオの文具を買って来ては、学校で見せ合いっこして盛り上がっていた。新学期になり、クラス替えで自己紹介するときは、サンリオのどのキャラクターが好きか、当たり前のように話題にするほどだった。
私はサンリオの話題が出るたびに、何か適当に好きなキャラを口にして話を合わせていたけれど、いつもどこか焦りがあった。自分の行動範囲では、サンリオの文具をたくさん扱っている店はなかった。サンリオショップは、電車で2駅先のデパートにあり、小学生だけでは行ける雰囲気ではなかった。頑張ってお小遣いを貯めてみても、週末に家族でデパートに行く同級生と同じ頻度で、買い物なんてできない。そもそも父親は週末でも夜勤があり、当時は後ろ指を差す大人もいる職業だった。私は社宅に住んでいるという事実を拡大して、親の仕事までも恥ずかしいものだと感じ、堂々としていることができなくなってしまった。
私は一刻も早く生まれた家に戻りたいと思うようになった。5歳まで住んでいた家は一戸建てで、親の持ち家だった。私にも同級生のようにちゃんとした家があるんだ。そう思い、同級生に本当の家は社宅じゃないと言ってみたりした。
またあるときは、意識して標準語を話すようにしてみた。その土地には独特のイントネーションがあったのだが、どんなにマネをしてみても、地元の友達とは同じように話すことはできなかった。それを逆手にとって、私にもみんなと同じような家がある。その地域で話されている言葉は、標準語。そう、アピールしたのだ。
大人になった今、当時を振り返ると、恥ずかしさで顔が熱くなる。同級生よりも、どれだけ自分を上に見せようとしていたのだろう、と。
私の悪あがきに終止符を打つ日は、思いもしないタイミングでやってきた。その日、私は同じクラスの友達と、学校の近くの林のなかで生き物を探していた。学校の宿題だったのだが、思うような物が見つからず、あたりはすっかり暗くなり、街灯が道を照らし始めていた。
「もう帰ろうよ」
と、友達に提案した瞬間。背中の方から、私を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、例の3人が手を振りながら、駆け寄ってきた。
「こんなところでどうしたの?」
思いがけない場所での遭遇に、笑顔になりながらも、私はこう尋ねていた。
「今、帰り」
よく見ると、3人はまだランドセルを背負っていた。
「遅いね。気をつけて帰ってね」
「そっちもね」
そう言って別れたけれど、私は何か心にひっかかるものがあった。
今、帰りって、今日の宿題の生き物探し、ちゃんとできたのかな? と。
幼なじみが1日に食べられるアイスの数でお金持ちだと判断していた3人の同級生には、ある共通点があった。彼女たちはみな、放課後は学童に行っていたのだ。今でこそ、子どもを学童に預けることはめずらしくもなんともないが、当時はまだ少数だった。放課後は近所で自由に遊ぶこともできず、「両親は共働きなの?」と周囲の大人に聞かれることだって、多かったにちがいない。頑張って家を買って、住宅ローンを払うために両親が頑張っていたとしても、彼女たちにとっては、寂しいことだったのかもしれない。
社宅や親の職業に対する引け目が完全になくなったわけではなかった。それでも、夕方6時を過ぎて子どもだけで暗い道を3人で帰る背中は、私の記憶に強く刻まれてしまったのだ。
社宅住まいだけど、父だって土日家にいないことが多いけれど、もうどうでも良かった。たくさんアイスやサンリオの文具が買えなくても、私には学校から帰ると家に母がいた。それは決して当たり前のことなんかではなかったのだ。
大人になった今、時代は大きく様変わりしている。デフレでお徳用の箱売りのアイスだったら、1日に5本食べられる小学生だっているだろう。今や専業主婦のいる家庭の方が少数派で、学童でも待機児童が出ているという話も聞く。そして、かつての父の職業は、子どもが将来なりたい仕事ランキングに、堂々と顔を出すまでになった。
住む場所や資産や職業で人を判断する価値観は、未だに根強いものがある。けれども、コロナ禍の今、時の流れで変化してしまう自分の外側にあるもので、誰かのことを判断するのはどうなのだろう。偶然、その時代に良いとされ、良く見られる側に自分がいる。ただ、それだけじゃないだろうか。
人から良く見られたい。誰かにすごいと認めてもらいたい。理想の自分になるために努力することはもちろん、大切だ。でも、理想を求める前に自分の心に聞いてみてほしい。あなたが今、目指している状態になれたとき、あなたは本当に幸せなのだろうか?
もしかすると、あなたが今感じているみじめさや引け目は、時が経てば、たいしたことではなくなっているのかも知れないのだから。
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