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新宿湯けむり紀行


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:toko(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
2020年、夏。
今夏は、まさに「特別な夏」だった。
長い梅雨の後に、極端にも思える猛暑。旅行や帰省もままならない、stayhomeの夏。つけっぱなしのクーラーが壊れませんように、と祈る日々。
 
長期休暇はいつも旅に出る私にとって、ただ家にいるだけの休みは時間がもったいなく感じてしまう。
京都の祖父母に会いに帰るためとっていた8月下旬の5連休。帰省を控えることとなり、ぽっかりと予定が空いてしまった。
初日は都内でゆっくり買い物をしようと出かけたものの、あまりの暑さに街中を歩くことも叶わず、カフェで冷たいパフェを食べたのがその日のハイライト。
家にいてもベッドとソファを行き来するばかりで、読もうと思っていた本にもなかなか手が伸びない。
 
―やはり旅に出たいー
 
そんな思いが募ったとき、ふと私の頭に浮かんだSNSの投稿があった。
スタイリストを職としているおしゃれな友人の投稿。遠出ができない都民なので、都内のホテルにステイしました、という内容だった。
東京都民はなかなか都内に宿泊しないもの。でもこういう時だからこそ、家から近い場所で敢えて非日常を味わいませんか?
そんな内容が、おしゃれな写真と共に発信されていた。
 
「都内ステイ」
 
近場で味わえる非日常。これだ!
 
そう思った瞬間、私の指はスマホの上をするすると滑り出す。
都内で、今夜泊まれて、コンセプトがしっかりしていて、1万円以下で泊まれるホテル……。
そして、あるホテルのページで私の指が止まる。
そのホテルは、新宿の東端の雑多な一角に建っていた。こんな場所に? と思うような場所だが、なんと温泉を楽しめるという。しかも、最上階の露天風呂だ。
部屋はコンパクトに見えるが新宿の夜景を楽しむことができ、和朝食はおかずも多く彩りが美しい。
 
ここにしよう。
 
私は早速、今夜の予約ボタンを押した。
 
午後3時、新宿御苑前駅。
35度は優に超えていそうな午後の日差しは、地下鉄から地上に出た瞬間から容赦ない。5歩も歩けば汗が吹き出し、徒歩9分を経て宿の敷地にたどり着いた時には汗だくで、味気の無い東新宿エリアの景色にすっかり閉口していた。
 
気を付けていなくては素通りしてしまいそうな、つつましい門がその宿の入り口だった。濃い緑に囲まれて、青い暖簾が揺れている。
暖簾をくぐると、意外にも敷地の奥深くへ誘う長いアプローチが現れた。
さっきまで交通量が多く歩道のない道にストレスを感じていたのが嘘のように、アプローチは静謐な雰囲気を湛え、私の心も自然と静まる。
アプローチの突き当りには鹿威しがあり、左手に建物の入り口があった。
 
中に入ると、ひんやりとした空気に生き返る心地になる。
木の格子と間接照明の和風な廊下を進み、フロントでチェックイン。渡されたカードキーは、木製のものだった。
 
用意されたのは、西日の刺すこじんまりとした部屋である。セミダブルのベッドに沿うように横に細長く切られた窓があり、新宿の高層ビルを眺めることができた。
折角の都内ステイならば、と思い、高層階を予約したのだ。
普通なら大きく切り取る窓があえて細長く切られていることにより、不思議と部屋の狭さも気にならないようだった。「おこもり」という雰囲気がぴったりだった。
 
荷物を下ろした私は、とりあえずこの大量の汗を流すべく最上階の露天風呂へと向かう。
部屋に置いてあった湯かごを手に、下駄を鳴らして。
ああ、宿についてものの10分後に、温泉に浸かれる幸せたるや!
熱風に頬を撫でられながら新宿のビル群を見下ろすのも、なかなか無い経験だな、とぼんやりと思う。頭の中身まで、お湯の熱に溶かされたようにとろりと形を失っていく。
 
湯上りのラウンジは、新宿とは反対側の市ヶ谷方面を向いた大きな窓に面していた。
食べ放題のアイスキャンデーを齧りながら、目の前に見える景色がどの街かを頭の中で当てていく。久しぶりに食べるアイスキャンデーは、少し歯に沁みた。
 
しばし部屋で休んだ後は、普段混んでいてなかなか入れないビストロへと向かった。ご時世なのか、お客は私以外に見当たらない。自分が良いと思ったお店には、少しでも通って貢献しなくては、と改めて決意を固める夕食となった。
美味しいブイヤベースに、心も胃袋も満たされる。
 
温泉旅館の良いところは、滞在中何度も温泉を楽しめるところ。
夜の露天風呂は風も幾分涼しくなり、煌めく夜景を眺めながら汗だけでなく凝りもむくみも洗い流すことができた。内湯は、薄荷湯になっていた。
またしてもアイスキャンデーを食べ、就寝。
 
朝。
西向きとは言えど、窓の外は明るく日の光で目が覚める。横たわったままでいると、高さの幅が小さい窓からでも空が広く見えた。東京にいて、空が広いと感じることは滅多にない。
空の広さは、私が旅に出た先でいつも感動し嬉しく思うポイントだ。
ああ、私は今確かに旅の朝を迎えている。
 
軽く朝湯に浸かり体を温めてから、朝食を頂きに向かう。
アジの干物を主とした朝食は、味付けも濃すぎず上品で、朝から品数の多い食事を楽しむ幸せを存分に味わえた。最後にはお茶漬け用のお出汁も用意され、普段はこの暑さで飲み物だけで済ませてしまう私でもぺろりと全て平らげてしまった。
 
チェックアウトの11時まで、まだ余裕がある。
普段の旅とは異なり、寸暇を惜しんで観光する必要が無いのでチェックアウトまでゆっくり過ごすことができるのも都内ステイの醍醐味だ。
二度寝するもよし、ダメ押しの入浴でもよし。
自分の好きに、贅沢な選択ができる。
 
都内ステイは、立派な旅だった。
普段見ることができない景色を見、温泉に心行くまで癒され、心のこもった美味しい料理をゆっくりと頂くことができる。そのうち、自分の心はすっかりほぐれる。
家から近いため、帰っても疲労感は無く心地よい満足感が長く続く。
費用も、コロナ前の盛り上がってしまった飲み会で使う金額と、ほぼ変わりない。
 
これは、新しい扉を開いてしまった。
なかなか遠出ができない今、私は粛々と次に泊まりたい都内ホテルのリストを貯めている。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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