侵入者xの誤算
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:みつしまひかる(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
「ひかる、あんた、今どこにいるの?」
予期せず母からかかってきた電話に出ると、母は開口一番、こう言った。
お気に入りのレストランで一人食事を楽しんでいた時だった。
予感は、あった。
これは僕の母方の祖父母の家にまつわる、ちょっとしたサスペンスである。
祖父母が住んでいた一軒家は兵庫県宝塚市にある。
20年近く前に祖父が他界してから、祖母はしばらくその家で一人暮らしていた。
近年は認知症が進行し、祖母はこの家から車で10分以内の老人ホームに住んでいる。2週間に1回、大阪市に住む両親が車で老人ホームを訪ね、祖母を連れて宝塚の家に数時間滞在した後、また老人ホームに送り届けていた。記憶が少しでも長続きすることを祈って。
僕も、年に数回は家族とともに祖母のいる老人ホームを訪ねることにしていた。
この家は二代目だ。
初代は1995年の阪神大震災のとき、大きなダメージを受けた。当時僕は小学生で、大阪市内の家では震度は5で建物には影響なかったが、宝塚市は震度7であり、被害は甚大だった。祖父母は幸い、大したケガなく助かった。ただし家はとても住める状態ではないため、いったん壊して、また元の二階建てに建て直したのだ。
祖父母のいないこの宝塚の家は空き家となっていた。
近辺の治安は悪くない。ただ、この家も近所も一軒家であり、人通りも少なく、街灯もまばらで道は薄暗い。
母の弟、つまり僕の叔父も、この家を空き家にしておくことに一抹の不安があった。
叔父夫婦は神奈川県に住んでおり、関西に来る機会は限られている。年に数回法事と年始に会うくらいだ。
たまに仕事で関西に来ることがあれば、泊まるようにする、と言っていた。
そんな中、1つ目の事件が起こった。
ある日の午後、両親が宝塚の家を車で訪ねた時のこと。
玄関のカギを回し、ドアを開けて中に入った。しかし、いつもと違う。
廊下を見通した先にあるキッチンの食器棚の引き出しが複数開いていた。不穏に思いながら居間に進むと、書棚の引き出しが開けられ、中身が散乱していた。書斎もまた同様であった。
間違いなく侵入者の仕業だ。
警察に連絡をしてきてもらい、一通り状況を説明した。警察の話では、キッチンの裏口から入ったようであった。
近所でも同様に被害があったらしい。
幸い、この家には金目の物は残していなかった。ケガ人もおらず、実質的な被害は荒らされたことだけだった。
この事件を機に、警察の巡回を強化してもらえることになった。
空き家であることを知られたのかもしれない。
そこで僕は1か月に1度は週末にこの家に来るように決めた。
2週間に1回の両親の訪問に上乗せすれば、人の出入りがあると少しは認知されるだろう。
僕も、この家に住む気分を少しでも味わってみたかった。良い気分転換だ。
ただ、僕の職場へはこの家から片道1時間30分近くかかるため、やはり住むのは難しい。
定期的にこの家に泊まりに来ると、僕は両親と叔父に告げた。
そして月イチ仮住まい生活を始めて半年後、また事件が起こることになる。
盆休み初日の土曜日、僕は19時前に宝塚の家にやってきた。
あたりは日が落ちて薄暗くなってきていた。
いつもどおり、僕は侵入者がいないか、異常がないかを確認した。
まずは玄関のチャイムを鳴らす。侵入者が先にいた場合、逃げてもらうためである。
門扉はカギが閉まっていた。門扉にカギを差し込んで回し開く。アプローチを進み、玄関も同様に閉まっていることを確認できた。
玄関の上下のカギを回し、開いて、「ただいま」と大声で言う。返事はない。
電気は消えている。玄関に近い位置で電気をつける。
以前から家のドアは開けておき、見通せるようにしていた。この時点で異常なし。
続けて念のため1階の各部屋を見回ったところ、やはり問題はなかった。
僕は居間のイスに背負ってきたリュックサックを置いた。
やや緊張感を緩めつつ、2階に上がった。
寝室、仕事部屋、トイレ、物置部屋をさっと確認する。異常なし。
良かった。ほっと一息をついた。いつもどおりだ。
時計を見ると19時半である。夕食を食べに行こう。
念のため、外に面している部屋の明かりは付けたままにして、不法侵入へのハードルを上げておいた。
玄関にはカギをかけ、すぐ戻るので門扉にはカギをかけず、僕はお気に入りのフレンチレストランに繰り出した。
冒頭の母の電話を受けたのは、20時20分。コースのメインディッシュを楽しんでいたところだった。
母から電話がかかってくることはとても珍しい。しかも、僕が宝塚の家に来たタイミングで。
瞬間、僕はすべてを理解した。
母から電話を受け、宝塚の家に戻ると、そこには叔父夫婦がいた。
つまり、こういうことが起こっていた。
叔父夫婦は18時頃この家にやってきた。荷物は2階の寝室のベッドの向こう側に置かれ、寝室手前から見ると死角に入った。
18時半になると叔父夫婦は電気を消し、玄関と門扉にカギをかけ、食事に出かけた。
19時前にやってきた僕は、叔父夫婦がこの家に来た痕跡に気づくことなく、同様に食事に出かけたのだった。
食事から帰ってきた叔父夫婦は、まず門扉のカギが開いていることにかすかに違和感を覚えた。
カギをかけなかったかなと。
続く玄関のカギはちゃんと閉まっており、違和感は解消した。
しかし、玄関を開けるとライトが点いている。間違いなく消したことを覚えている。
ここで叔父夫婦の疑念は確信に変わった。誰かが入ったのだと。
廊下を進み居間に進むと、部屋は荒らされていない。
代わりに、大きなリュックサックがテーブルの椅子に乗っている。
そこで叔父は思い当たり、母に電話をかけ、母は僕に電話をかけた。
こうして、侵入者xは特定された。もちろん僕である。
真夏のミステリーは、無事解決した。
なお叔父夫婦は、兵庫県の叔母の親族を訪ねるために、ここに一泊しに来たのだった。
叔父は母には事前に連絡していたが、僕には伝えられなかった。
僕自身は、母にも叔父にも連絡していなかった。定期的に来ている、とは伝えてはいたのだけど。
関東からくるなら連絡があるハズ、連絡がなくても、そうタイミング良く被らないハズ。そう都合よく考えた。
甘かった。
実はそう考えた一方でなお、不安があった。
そして、母からの電話が鳴った瞬間、僕は予感が的中したことを悟った。
もし警察に問われたなら、僕はこう答えただろう。
私がやりました、と。
***
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