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銀座、日本料理の大将がアラサー女子に指南を仰ぐ理由


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記事:河村晴美(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「こだわりの○○」 というこだわりの無い言葉ほど、一途に道を究める人を愚弄する表現は無いと思います。
 
言っちゃったよ。思わず言っちゃった。
背中に、つぅ~っと、冷汗が流れたのを感じた。
 
今年に入ってすぐ、私の大阪の事務所に、懐かしい手書きの筆文字の手紙が届いた。
「字は体を表す」 とはまさにその通りだ。おおらかで伸びやか。それでいて封書がきっちりと糊付けされている几帳面さを併せ持つ。その大将が、銀座にお店を構えたのだ。
たぶん、3年ぶりの再会。11時30分に行くと伝えている
 
銀座4丁目すぐの一等地に新装開店した日本料理店だ。店内の白木の設えが、一切のごまかしを許さない、大将の矜持を感じさせる。
 
だからこそ、大将の仕事観と、頂いた案内状の文章に違和感を覚えたのだ。
「こだわりの料理」 というこだわりの無い言葉が、大将の矜持を殺してしまっていると思います」
 
状況が分からない人から見れば、30歳代の若輩者が年長者へ物申す光景は、どう見ても生意気だ。失礼際なり無い。
 
けれども、大将は違った。
「ルル、やっぱり君に来てもらって良かったよ」
 
大将は、ミスター薩摩隼人と言っても過言ではない彫りの深い、印象的な目と眉をさらに近づけて笑顔で言った。
 
「僕ら料理人は料理の専門家だから、料理の腕を磨くのは当たり前。それに加えて、オーナーになったら、経営つまり儲けを考えるのももちろん大事。そして、何よりもお客様に喜んでもらいたいという心遣いは言うまでも無いことだ」
 
白木の一枚板のカウンター越しの大将の話に私は大きくうなづいた。
 
「だけどね、そうであろうと思うほど、実は同業界の固定概念やあるべき論に、知らず知らずに絡めとられているんじゃないかって、危惧するんだよ」
 
ああ、良かった。大将の懐の深さは変わっていなかったのだ。
 
私と大将と出会いは、3年前の経営者限定の勉強会だった。私は、その頃、PR会社から独立したばかりの駆け出しPRコンサルタントだった。よくある勉強会、しかし、その中の一人に、異彩を放つ存在がいた。なぜ人目を引いたかというと、ほとんどの人がビジネススーツの中で、その人だけが、白いTシャツにジーンズ、に加えて、前掛けをしていたのだ。魚屋さん? 酒屋さん? 否、日焼けした彫りの深い顔立ちは、マグロ漁師か?
誰もその人へは近づかない。だから私は近づいた。だって、面白そうと思ったから。
お互いに自己紹介をして出身地を訪ねた。すると、鹿児島県だと言う。
納得した。
「お顔立ちは、マリアナ海溝つまり海底3万キロ級ですね」
 
この一言がきっかけでPRを頼まれた。私が独立して初めての顧客になってくれたのだ。
 
私の仕事は、モノ、コト、ヒトの価値を世界へ発信する支援だ。
「価値とは言語化」 を信条として、顧客の魅力を言葉を削ぎ研ぎ磨いて伝えるのが私の仕事なのである。
 
だからこそ、使い古された言葉を安直に使ってはいけないのだ。なぜなら、顧客が凡庸に見えてしまうから。顧客をその他大勢に埋もれさせてはいけないのである。
それは、単に大げさに盛ることとは違う。過剰表現は社会への偽り行為。長期的視点で考えると信頼を失うため絶対してはならないことだ。
さて、飲食業界に限らず、職人肌はとかく「こだわり」 という言葉を伝家の宝刀のように使いたがる。
「こだわり」 という言葉がいけないのではない。言語化するべきことは、「こだわり」 の背景であり、理由について言語化しなければいけないのだ。言語化する苦労を逃げたり、楽をしたり、まして軽く考えたりするのは、ひいては任せて下さる顧客の仕事への思いを軽んじることなのだから、絶対に妥協してはいけないことなのだ。
 
「美味しい」 は誰もが使う言葉だ。だからこそ、「美味しい」 と言わずに、「美味しそう」 を想像してもらうだけでは足りない。
飲食店は「お店に行ってみたい」 と足を運ぶ行動を起こさせないといけないのだ。
 
「ルルと初めて会った時、こう言ったよな。あれ、相当インパクトあったよ。鹿児島の枕崎の鰹節レベルのパンチ力があったなあ」
 
3年前に初めてオファーを頂き、私がコンサル初回で言い切ったことだ。
 
「料理は頭で食べているのです」
 
料理は舌で味わうのではない。料理の美味しさを決めるのは、脳の情報処理なのだ。
いまや、紙媒体のみならず、インターネット上でSNSや店の公式サイトにも写真がアップされている。料理の写真や食べた人の感想が公開されて、誰かの体験をインターネットで見て、自分の頭の中でシミュレーションされる。そうやって、人々の意識が伝搬されていく。
 
言ってしまうと、既に頭の中で料理を食べた後に、人々はお店にやってくるのだ。
では、なぜわざわざ来店するのかと言うと、その目的は確認に来ているのだ。
 
だからこそ、来店する動機が確認作業であれば、「思った通り」 と思わせてはいけない。それは予定調和だからだ。
では、予定調和で終わらせないためには期待を裏切るのが良いのか? それは危険だ。
「思ったのと違った」 と思われてしまうと、クレームになりかねない。
 
では、どうしたら良いか?
 
大将は、身を乗り出してきた。
 
「味が想像できない言語表現をするのです」
 
つまり、料理の味が脳内で再現できない言葉で表現するのだ。
 
例えば、ワインの味を表現する幾千の言葉の中で、熟成の若いワインを「青い芝のような」 という表現がある。これは、既にワインを表現する言葉としては共通認識されるくらいに古典的な表現になってしまっているのだ。
 
このように、同業者を分析し差別化しようと思うほどに、同業者と似ていくのだ。
そうではなく、他業界を見て、他業界の言葉を仕入れないといけないのだ。
 
価値とは、差異の言語化である。
2週間が経ち、大将からLINEが来た。
 
「ルルからの言葉の贈り物がさっそく役に立ったよ。銀座の老舗の男性服テーラー店のオーナーに使ったら、さっそく雑誌の取材依頼が入ったんだ。御礼に鹿児島の黒豚ハムを贈るね」
 
私はすぐに本屋へ駆け込み、LINEに添付された写真の雑誌を手に取った。
ページをめくり、目に飛び込んだオーナーの相変わらずの日焼けした笑顔、いやそこじゃない。
文章の言葉を探そうとしたら、言葉が立ち上がってきた。
 
二十四節気の立秋の料理のコンセプトは「月の真ん中に分け入る」
 
そうきたか。困っちゃうなあ、確かめずにはいられない性分、知ってるでしょ。
 
中秋の名月。ひぐらしが鈴虫に変わる頃に、私は自ら再び来店する口実を創ってしまった。
 
ということで、大将が末永く銀座という土地で愛されるために、銀座の地政学から紐解いた言葉を見つけてみよう。
あっ、これが大将のビジネス戦略だったのか。
いつの間にか、大将のために動いてしまっている。
と、遅ればせながら今気づいた。でも、何だか楽しいである。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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