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物乞いして分かった、「人目を気にする」ということ


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物乞いして分かった、「人目を気にする」ということ
記事:John Ishii(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ギーッ!」
 
木製の大きな扉はまるで鬼ヶ島の入口にある門のようにゆっくりと開いた。
 
今から20年前、私たち家族4人は米国アリゾナ州フェニックスにいた。私が日本の会社を辞めて私費でこの街大学院に留学したため、家族も仕方なくついてきたのだ。
 
日本を出発するときに準備したお金は、約2年の学費と4人の生活費の必要総額には足りなかった。このためフェニックスでは徹底的な節約生活をしなければならなかった。
 
ある日、妻が「教会に行く」と言い出した。なぜかと聞くと、週に一回食料を配布してくれる日だという。
 
いや、節約は必要だけど食べ物をもらうほどでもないだろうと言うと、妻はかたくなに行くと譲らない。頭ごなしに拒否もできず、小さな子供二人も連れてクルマで教会に向かった。
 
教会に着いたころはもう夕方だった。私はそれでも行きたくなかったが、妻に促されベルを押すとしばらくして木の門が開きはじめた。「ギーッ!」
 
鬼ヶ島の門から出てきたのは、30歳前後の白人女性だった。食料のことを伝えると彼女は笑顔で我々を中に入れ、教会を案内してくれた。
 
女性は教会がプロテスタントであること、そして教会の活動や日曜集会について紹介した。とはいえ入信するよう勧誘することは全くなく、最後に食糧の入った袋を私たち渡してくれた。
 
私はそれを受け取り、そそくさとクルマに戻り家路についた。ついに物乞いをしてしまった。落ちるところまで落ちた。後悔の気持ちは台風の波のように何度も大きく打ち寄せてきた。
 
ただ、教会の女性が普通に接してくれたことがありがたかった。同情や特別扱いなどなく、私の自尊心を尊重してくれた。帰路の運転しながら、そして帰宅してもしばらく考えた。私の自尊心っていったい何だろうと。
 
自尊心を考え始めてから、日本的な「人目を気にする」習慣が私の感情を占めているのに気付いた。
 
世間体とか、みっともないとか、人様に笑われるとか、日本で生まれた時からずっと人目を気にして生きてきた。人が私をどう見るか、どう評価するかばかり気になった。こういう周りの評価が自尊心の多くを形成する要因になっている。
 
でも人が私をどう見ようと、ない袖は振れないし明日急にお金が入ることもない。それが直面した現実だ。だいたい周りの評価ははっきりと自分の耳には届かない。
 
ある人を思い出した。渡米するまでに台湾や香港で仕事をしていた。一人の台湾の友人は貿易会社を経営しベンツに乗って、まるでいいときの与沢翼のように羽振りがよかった。しかし中国との関係が悪化して貿易もだめになり倒産した。ただお金がなくなってもあっけらかんとして友人におごってもらっていた。堂々としたものだ。
 
もちろん文化の違いはある。困った時にはお互い様で助け合う度合いは国によって違う。ただ日本の場合、極端に人目を気にし、他人に迷惑をかけることを避けようとしている。その結果、より自分にプレッシャーをかけ、自らの選択肢を狭くしている。
 
そもそも、世間様とか人目とか、ほぼ想像の産物ではないか? 自らの理想が高すぎて、幻想かもしれない人目を過剰に意識しすぎてはいないか?お金がないときは甘えてもいいのではないか。人目という前提を疑うことで、ものの見方を変え行動の自由度を広げることができるはずだ。
 
先日、作家・せきしろの書いた文章にこうあった。カフェの横並びの4席で両端に人が座っている場合、間の2席のどちらにも座らず「店を出ることが多い*」と。間に座ると相手に気を使わせるのが嫌だし、無神経に座る自分への人目をとても気にしている。でも「私にはこういう潔さがあることを誰かに知ってほしいといつも心から願っている**」とも告白している。気持ちはとてもよくわかる。
 
ただ多くの日本人が周りに気を使い、人目を気にして自らの行動を決めている。そして口には出さない気を使った行動を、どこかで相手に認めてもらいたい欲求がある。
 
勝手な解釈だが、日本人が気を使うことは決して無償の行為ではなく、気づいてほしいという承認欲求が隠れている。相手にはっきりと言わずに察してほしいというのは、外国では身勝手すぎると解釈されることもある。きっと外国人は「言いたいことがあれば言えばいい」と感じるだろう。
 
物乞いから20年が経った。現在も海外で暮らす私はなんとか生きている。そして人目を気にしている。根っからの日本人なのだろう。
 
ただ人目を気にしすぎないように、そして気遣いはしながらも相手に伝わらなくてもいいと思っている。そして本当に困ったら、はっきりこうしてほしいと伝えることにしている。これが物乞いを通じて学んだことであり、私の処世術の一つになった。
 
*せきしろ 又吉直樹(2020)「蕎麦湯が来ない kindle版」790 株式会社マガジンハウス
**せきしろ 又吉直樹(2020)「蕎麦湯が来ない kindle版」799-810 株式会社マガンハウス
 
 
 
 
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2020-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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