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人生は楽しむためにあり、仕事はバカンスのためにする。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:浅丘由美子 (ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
 
 
「権利を行使するなら、きちんと義務も果たすのが、筋じゃないんですか?」
 
とうとう怒りが爆発した私は,正論を振りかざしたメールを書いた。
 
相手は、フランス本社のフランス人。夏のバカンスシーズン。いつも月初に出すべきレポートを出さずに休みに入ってしまった担当者がいた。
一応、その上司という人が、私の問い合わせに対応してくれたのだが、レポートは出せないという。
 
「しょうがないでしょう。バカンスは権利なんだから」
 
というヘラヘラした電話対応(に私には思えた)に、部下が部下なら、上司も上司だと、ムカムカが収まらず、冒頭のように書いた。
 
今考えると、いろいろな意味で恥ずかしい。
私も20代半ばと若かったし、経験不足だった。
 
今なら絶対そんなメールは書かない。
 
案の定、私のメールに気分を害した本社のフランス人が、日本支社の私の直属上司(日本人)の上司(フランス人)に連絡をしてきたため、私は、そのフランス人の上司に嗜められた。
 
「フランス人に、そんな正論をぶつけてはいけない」
 
なぜ、きちんと仕事をしようとしていた、私が怒られるの? と、しばらく、トラウマになった。
 
その後、結婚したフランス人の夫とは、今年銀婚式を迎えた。普段日本に住んでいるが、フランスへは毎年のように帰省している。子供が生まれてからは、年に2回の帰省だ。
 
贅沢なようであるが、結婚してから暫くは、忙しい仕事の合間の貴重な休みを使ってフランスへ行くことが、苦痛でしょうがなかった。
 
フランス人の名誉のために言っておくと、彼らは、友達や家族に一度なってしまうと、素晴らしく優しく親切で、どうしてここまでやってくれるの? と感激するような対応をする人が非常に多い。
 
しかし、赤の他人に対して親切にしようとする人を、私はあまり知らない。
 
例えば、サービス業に従事している人々に対して、日本と同じ感覚でいると、腹の立つ事ばかりだ。
 
買い物のとき、おしゃべりに夢中の店員さんに、
 
「お話し中お邪魔して申し訳ありませんが、こちらを試着させて頂いてもよろしいですか?」
 
と、おずおずセーターを差し出すような状況は、しょっちゅうだ。
 
閉店時間5分前にお店に入ろうとして、冷たく断られた事さえある。
 
折角の貴重な休みに、なんの罰ゲームですか? と思う事が多く、
 
「苦痛。出来れば行かずに済ませたい」
 
という心境だったのだ。
 
ある時、これから夫と一緒にいる限り、フランスに行く事は必須なのだから、どうにか工夫して、フランス滞在を楽しもうと思った。
そして、ある「コツ」をつかんでから、あんなに苦痛だった毎年のフランス帰省が楽しみになった。
 
その「コツ」は、フランスへ、エール・フランス航空で行くのであれば、飛行機に乗った瞬間から始める事が重要だ。
 
機内サービスが、既にフランス標準だからだ。
 
それは、時差ボケ対策のために、機内に入った途端に、フランス現地時間に時計を合わせる事にも似ている。
 
その「コツ」とは、ラジオをチューニングするかのごとく、日本周波から、フランス周波へ、私の意識をチューニングする事だった。
 
ある時、フランスのターミナル駅で、待ち時間にトイレに行こうと思ったら、鍵がかかっていて、使用するには小銭が必要だった。
 
ここで、「これだから、フランスって……」などと、焦ってイライラしてはいけない。うっかり、小銭を用意していない自分が悪いのだ。駅の売店で、お金を両替してもらうしかない。
 
しかし、ここで大切なのは、サクッと断られるのがフランス標準であるという事を、肝に銘じて対応する事である。その場合は、淡々と小さなクッキーでも買ってお金を崩そうと思っていた。
 
すると、ビックリ。すんなり、両替してくれたではないか。
 
大感激である。
 
日本周波のままだったら、こんな当たり前の事で、感激する事は不可能だ。
 
心から御礼を言って、身も心も気持ちよく用を足した。
 
しかし、このチューニング作戦、いつも上手くいくとは限らない。
 
ある日、パリで、フランスに住む日本人友達家族と、博物館に行った。到着した時は長蛇の列だったので、まずは近くのカフェに入った。久しぶりに会う友達とのおしゃべりに夢中になり、気が付いたら博物館への入場時間締め切り10分前になっていた。
チケット売り場に急いだ。
 
が、なぜか、チケット売り場が閉まっている。
 
おかしいと思い、丁度そばを通った、バッチを付けた職員に、礼儀正しく聞いた。
 
「ボンジュール、マダム。まだ、入場時間締め切りまで時間があるのに、チケット売り場に誰もいなくて、チケットが買えないのですが、どうしたらよろしいですか?」
 
すると、マダム、
 
「あら、本当。おかしいわね。でも、私、ここの担当ではないから、何も出来ないわ」
 
と、悪びれず、肩をすくめてみせた。
 
25歳の時のトラウマがフラッシュバックしそうになる。
 
電話口で、「しょうがないよ。バカンスは権利だからね」と言い放ったあのムッシューも、きっと肩をすくめていたはずだ。
 
しかし、すぐに淡々とチューニングを微調整した私は、25歳の私とは別人のようだ。
 
(ああ、うっかりした。完全なるこちらのミス。フランス周波に合わせていたつもりだったのに、きちんと合っていなかったようだ)
 
それでも、あきらめきれず、入場ゲートに行ってみた。そこには、ゲート担当の係員がいた。
 
オ、モ、テ、ナ、シ、文化に、すっかり甘やかされているフランス人の夫が、怒り心頭で、係員にくってかかりそうになるのを押さえて、私が申し出た。
 
「シルブプレ、マダム。私たち、チケット売り場が閉まっていて、チケットを買えないので、残念でしょうがないんです。
 
明日は日本に帰るので来られなくて。(ちょっと盛ったわ)
 
子供たちも、博物館に来るのをとっても楽しみにしていたのに。(コレはほんとだ)
 
あなたに言ってもしょうがないのはわかっているのですけど……」
 
すると、この係員、チケット売り場をチラリと見て、無人である事を確認すると、ゲートを手動で開けて、
 
「どうぞ、入って」と手招き。
 
「えっ、でも、入場券は?」
 
の問いには、ウインクの返事。2家族7人を無料で入れてくれたのだ。
 
「あー、やっぱり、フランス人って面白いね。こういうフランスの柔軟性があって交渉次第のところが面白くて好き。
 
日本だったら、決まりは決まりです! って融通が利かないじゃない?」
 
と、すっかり有頂天な私だ。
 
夫は「日本なら、そもそも、10分前に勝手にチケット売り場を閉めたりしないから、交渉が必要ないよ」と、冷静だ。
 
この夏は、コロナ禍でフランス帰省が出来なかった。
 
今では、あの個人主義で、自分勝手だけれど、人生を楽しむ事に長けていて、バカンスのために働くような、愛すべきフランス人たちが恋しい程だ。
 
コロナ禍が落ち着いても、ニューノーマルな世界では、自由に、海外と日本を行き来するのは難しくなるかもしれない。
その時は、ニューノーマルな世界にチューニングして、やっぱり人生を楽しみたい。
 
人生は楽しむためにあり、仕事はバカンスのためにするという考え方を教えてくれた、今まで関わりの合った全てのフランス人に感謝しながら。
 
<終わり>
 
 
 
 
***
 
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2020-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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