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緊張はありがたい


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記事:永田浩子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あなた、さっき、歌ったね」
午前中の声楽のテストを終え、ランチルームで声をかけられた。
私とは面識もない、オペラ界の重鎮である教授からの声かけにびっくりした。
「緊張してたの?」
 
そうだ。音楽大学一年で初めての声楽のテスト。あまりに緊張していて、声も裏返ってしまった。自分で自分にがっかりしていた。教授に覚えられるほど、最低だったんだ、とひどく落ち込んだ。
人は、なぜ緊張をするのだろうか。
自分を必要以上によく見せたい、練習が十分でない、自信がない、恥ずかしがり屋、失敗したくない……など、理由はいっぱいあるだろう。
この緊張というものがなければ、どんなにいいだろう、といつも思う。
薄暗い舞台袖で、出を待っているときほど、いやな時間はない。
 
私はこの緊張で、今まで数多くの失敗をしてきた。
中学時代、吹奏楽部でクラリネットを吹いていたときのこと。緊張すると、ピーと変な高音をならしてしまう。そのたびに先生に怒られた。やってはいけないと思えば思うほど、もっとピー。コンクール本番のときは失敗できないから、なりそうな場所では吹いている真似をした。
学内の発表会では、よせばいいのに、司会を引き受けた。
「1年生、2年生、3年生、中村先生の64名で演奏します」というところを、「中村先生が64名で演奏します」と言ってしまった。体育館の全校生徒が大笑いだった。あまりに緊張していて、自分が何を笑われているのか、さっぱりわからない状態だった。あとで友人から、何で笑われたのか、解説してもらった。
大学入試もピアノや声楽の実技試験はとてもこわかった。電車はいつも途中下車で、トイレにかけこむことばかりだった。
 
大学を卒業してからは、オペラや数多くのステージに出演する機会があった。
歌詞を忘れてしまう。セリフをとばしてしまう。間違ったところで歌いだしてしまう。ほんとにあげればきりがない。それでも、ステージをつとめあげる力だけはついた。
 
この緊張に向かうたびに、どうすることが一番よいのか、そのたびに試して、習得してきたことがある。
まずは、「この時間はたった一瞬だ」と思うこと。これは大学時代、心理学の先生が講義でおっしゃっていた。宇宙の太古の時代からの歴史をみれば、この時間は見えないぐらいの瞬間。宇宙から自分を見たら、自分がアリを見ているのより小さい。そんな大きなところから見る意識でいなさい、ということだった。
これはたびたび、私の中で習慣となっている意識だ。
それから、思いっきり全身に力を入れて、一気に力を抜くということをする。「はあー」と、ため息をついて、全身のチカラを抜く。
ある先生から、「“あがる”ということは、呼吸も気持ちもあがっているから、“あがる”というのです。だから深く呼吸をさげて」と言われたことがある。お腹の底で息をするように、深く吸って、深く吐く。瞑想状態だ。その中で、私はイメージをする。客席に座っていらっしゃるお客様たちに、『愛』を送るのだ。吐く息とともに、「愛しています」と。
これを続けると、お客様がみんな味方になってくださっているような心になる。肉体はドキドキと感じるが、落ち着いた自分もいるのだ。
 
それでも、どうしてもうまくいかないほど、緊張がピークに達することがある。私はある社員研修のお手伝いで、とある会社に行ったことがある。自己紹介をするとき、かつてないほどの緊張を味わった。目の前には、初めてお会いするスーツ姿の男性ばかりが、ずらっと並んでいる。厳しい顔でにらまれているようだった。いや、私がそのように見えてしまっただけだ。はじめての空気感に、まだ20代だった私は、圧倒されてしまった。あまりの緊張に、私は「それでは、歌います!」と、歌い始めてしまったのだ。
緊張がピークに達すると、肉体と頭で考えている意識がバラバラになるようだ。私の肉体に誰かほかの存在が入り込んだか、エンジェルがやってくれたのか。まったく自分とは違う存在が、歌っていた。「え? 私が今までやったことがないくらい丁寧に歌っている」と、私が外から感じていた。こんな体験は後にも先にもこのときだけ。
きっと緊張の極みだったのだろう。緊張するのはいやだが、この体験はまたしてみたい、と感じるすごい時間だった。
 
何十年も緊張をしてきた末、自分に言い聞かせていることがある。「緊張はいやだ」と、逃げないこと。これを味わいきろう、と。
歌手の和田アキ子さんが、「歌う本番前は、手がぶるぶると震えるくらい緊張している」という話をテレビでされていたときがあった。あれだけの大物歌手が、舞台で緊張するのだから、自分もしても大丈夫。当たり前だ。「緊張を楽しむぞ!」と、腹をくくる。
緊張するのは、生きている証拠! 死んだら緊張できない。ジェットコースターのスリルを味わうように楽しむしかない。
 
ここまできたら、緊張の感情が、演奏へものすごい集中力をもたらす。緊張は、なんてありがたい感情なのだろう。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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