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魔女に一撃喰らわされた話

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:月村あゆみ(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
扉を背にして立つ2歳児の脇の下に手を入れて持ち上げる。
そして、そのまま、便器に座らせるため、90度腰をひねる。
そのとき。
腰に冷たいような違和感が広がった。
なんともいえない感覚に、ゴクリ、と喉が鳴る。
そっと子どもをキティちゃんの子供用便器に載せて、私は夫を呼ぼうとした。
が、大きな声が出せない。お腹に力が入らない。
 
なんとか自力でリビングまで移動し、救急箱を開けて湿布を手に取った。
そのまま寝室まで移動する。
それなりに物音はしたはずだ。でも横になった夫は眠っているのか、一向に反応がない。
私はそのまま夫の隣に倒れ込んだ。
 
うん? と振動で片目を開ける夫に、湿布を押しつけて早口で伝える。
私の腰にこれを貼って。早く。今すぐ。
寝ぼけて半目の夫が長い時間をかけてようやく貼ってくれた湿布は、いつもより頼りない感触がした。
 
これがギックリ腰というやつだろうか。
だとすれば初めての経験だ。
いわば、ギックリ腰のロスト・バージンである。
できることなら一生バージンでいたかったのだが、意思に反してロストしてしまったことになる。
 
湿布を貼ってもらうためにお尻を半分出した、だらしない体勢で転がったまま、私はぼんやりとそんなことを考えていた。
湿布を貼り終えた夫は、子どもを便座から回収するためにトイレへ行ってしまって、私はベッドに一人取り残された。
とはいえ、起き上がるために姿勢を変えることを想像しただけで、痛みが増した気がして震え上がる。
無理はすまい。このままぼんやりと考えごとをして、夫の帰りを待とう。
 
ギックリ腰経験者はみな、きっかけは些細なことだったという。
以前の勤め先の上司もそう言っていたし、年下の同僚もそう言っていた。
上司は靴紐を結ぼうとしてギックリ、そして同僚は落としたスマホを拾おうとしてギックリ。
どちらもごく日常的な動作だ。ギックリを経験する前は、たったそれだけでギックリ腰に?と、正直馬鹿にする気持ちがなかったわけではない。
 
だが、ギックリ腰バージンをロストした今となっては、とてもよくわかる。
実に些細なことでなってしまうのだ、ギックリ腰というやつは。
ほんとにさ、普通の動作なんだけどね、といささか情けなさそうに披露される彼ら彼女らのギックリエピソードも、やらかしちまった今となってはよくわかる。
やればわかる。やらないとわからない。ああ、ギックリという擬音のなんとピタッとくることか。今ならどんな些細なエピソードでも、はい!はい!はいはいはい!と実感を込めて大きく深くうなずくことができることだろう。
下手したらそのうなずきでまた発症する恐れすらある。それがギックリ腰なのだ。恐ろしいことだ。
 
夫はまだ戻ってこない。
子どもはきちんとトイレで排泄できただろうか。
私のギックリ腰ロストバージンと引き換えに便座に座ったのだから、せめてそこはきちんとできていてほしい。
だが、できたとして、夫はちゃんと拭いたり手を洗ったりといった面倒まで見てくれているだろうか。
心配は尽きない。
 
心配といえば、ギックリ腰というのは治るのだろうか。
いや、治るのは治るのだろうが、いつ頃治るのだろうか。
 
というのも、私は来週いっぱい夏休みなのだ。
一人旅が好きなので、明後日には旅というほどではないが、日帰りでちょっとした遠出をするため、ちょっといい電車の切符を手配済みだし、さらにその二日後には泊まりで出かける予定がある。
一人旅と同じくらいに写真撮影も好きだから、キロ単位でレンズを持ち運んで撮りまくる予定だったし、第一こんなことになるなんて思ってもいなかったから、どちらもまあまあ長時間電車に乗る計画なのだが。
行けるのだろうか。
いや、行けないとかない。
もう日が近いから、けっこうキャンセル料もかかるし、何より前から楽しみにしていて、このために仕事も頑張ってきたのだ。
とはいえ、これ以上痛い思いをするのは辛い。
お金は無駄になっても、行かない方がましだろうか。
 
まだ夫は戻らない。
なんなら遠くで子どもとふざけ合っている声が聞こえる。
私のことを忘れてしまったのだろうか。おーい。
ここでお尻を半分出したまま虚しく転がってあなたの帰りを待っているんだよ。おーい。
新婚時代でもこれほど夫を恋しく思ったことはない気がする。おーい。おーい。
 
とはいえ、お尻を半分出して転がっていながら言うのもなんだが、こう見えて私は腰痛の経験値は高い方だ。
中学、高校とテニス部に所属していたが、体格が小さく、パワーでは勝てなかった。
だからいつの頃からか、腰を無理に使ってプレーをするようになり、ヘルニアを発症して、高校3年の夏、インターハイ(の市大会予選の1回戦)敗退を機に、テニスは辞めたのだ。
そのせいか、妊娠中は毎回早いうちから腰痛の症状が出た。
助産師さんが開発したという骨盤ベルトを複数買って毎日愛用し、大きなお腹で大きいベビーカーを押して歩いた。お腹が前に出るタイプだったから、小さな最寄り駅のエレベーターを常に一人占めして乗った。何人のおじいちゃんおばあちゃんに気を使わせてきたことか。
そうだ。
私は自慢じゃないが人生の大半を腰痛とともに生きてきた。
それがこのザマとは。
 
そうだ。
これが初めての腰痛じゃあない。腰痛初心者ではないのだ。
もしかして腰が痛くて起き上がれないとかいうのは気のせいなんじゃないのか。
そうだ。そうかもしれない。
いやきっとそうだ。
ちょっと立ち上がってみよう。いつもみたいに。
そしたら案外あっさり立てて、腰も別に痛くなくて、なあんだギックリ腰自体気のせいだったやん!てなるかも。
そうだ。きっとそうに違いない。
ようし。
 
そして私は声にならない声を上げながら、再度布団に転がることになった。
残念ながら間違いなくギックリ腰のようだ。断じて気のせいなどではない。
物音を聞きつけ、ようやく戻ってきた夫にお尻をしまってもらいながら、私は貴重な夏休みの1日を病院に費やす決意を固めた。
 
ギックリ腰。
それは魔女の一撃。
あなたのロストバージンは、いつですか。
まだのあなた、舐めてかかると、えらいことになりますよ。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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