メディアグランプリ

墨で描いた世界、豊かな色


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

墨で描いた世界、豊かな色
 
記事:藤野(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
墨色一色、というと黒々としたなんとも物寂しい感じがしないだろうか。
 
書道や水墨画には、端正な凛とした佇まいは感じるけど、パッと見の華やかさはゴッホやルノワールといった西洋画家の色彩にはおよばないなと。
 
味があるけど、地味。
正直そう思っていた私に、習い始めた日本画教室の先生はこう言った。
 
「墨を初めて見た時、なんて豊かに世界を表現出来るのかしらって驚いた」
 
日本画体験はロンドン、先生はイスラエル出身の女性、同じコースを取っていた生徒15人のうち、唯一の日本人という教室で、墨色の豊かさを学んだ。
学んだことの一つに、墨色で描かれる日々こそ大事なことだと言う考えがある。
 
絵は日本にいた時から習っていたが、日本の教室では私も含めて大抵は水彩か油絵、たまにパステル、といった感じでデッサンをするとき以外はどちらかというと印象派的な西洋風。豊かな表現をするにはその方法が一番と思っていた。だけど先生は言う。
 
墨ほど豊かに表現できないわよ、と。
 
彼女はエネルギッシュなイスラエル人女性で、日本画を知ってすぐに飛騨高山の先生に弟子入りをしたという行動派。故郷と全く違った環境に飛び込んだ彼女が言うには、日本とイスラエルの一番の違いは「音」だそうだ。
 
食べ物でも、言葉でも、家の造りでもなく、音。
 
首をかしげる私に教えてくれたのは、
「音っていうものには言葉も含まれるし、気候も含まれる。雨の音、風の音、雪の音。自然の中の気配、そこから生まれる食べ物。そういったものには全部独特の音を持っているのよ。音の気配。とても微妙な違いよ。だから感じたものを描くのは難しい。でもね、それができるのが墨なのよ。だからあんなに豊かな色をしているの」
 
なんだか凄いことを教わった気はする。だけど、いわゆる「芸術」の領域の話だな、と思い理解できる気はしなかった。曖昧に首を傾げた私に彼女は華やかに笑って見せ、すぐに分かるわと悪戯げに言った。
 
実際、すぐにわかった。
 
はじめの授業は書道と同じく、墨をするところから始まった。指先から伝わるごりごりという振動を懐かしんでいる間に、墨の香りが漂い出し、半紙を広げるカサカサとした音が続く。五感を刺激する。私にとっては、小学生の時の書道の授業を思いだす感覚だったけど、ここはロンドンで、集まった人たちもイギリス、フランス、スェーデンに、インドと多様な国籍だった。
 
つまり、呼び起こされた感情や感覚は各自それぞれ。
 
リズムをとって墨をする人、墨を手首につけて香水のように楽しむ人、日本では見ない光景が広がっていく。すでに各自が手にした墨はまったく違う色を纏い始めていたのだと思う。
 
「木という漢字を見てちょうだい。グッと力強く大地に立って、大きく根を張って、枝を広げているの。さぁ、あなたの「木」を書いてみて」
 
お手本をよく見て、というのではなく「あなたの「木」を書いてみて」と促された。正直、この時点では、唯一の日本人として「ここは私がお手本を」くらいの気持ちもあったし、「木、まじ簡単だな」と思っていた。
 
はじめは私の書いた「木」を見て「アンビリーバブルだ」と言っていたクラスメイトたちも徐々に自分たちの「木」を表現し出す。その過程を眺めていて気付いたのは、彼らが文字の一本一本、一画一画を、文字通り心を込めて書いていることだ。私みたいに「木、簡単じゃん」なんて思っていないのが分かった。庭に植えた木を慈しみ、毎日手入れをして、大きくなった木を見上げることを楽しみにするような、そんな真摯な真面目さで取り組んでいた。ささっとお手本を真似することをしていない。
 
出来上がった全員の「木」が前に並べられ、みんなで眺めた時、一つとして同じものがなかった。そもそも漢字に触れたことのない人もいた。「木」という字はこうあるべきだという概念もない中で書かれた「木」は、漢字を知っている目で見ると少し歪だったりするけれど、間違いなくその人たちの「木」になっていた。
 
イギリス人のポールの「木」はオークの木のようにどっしりとしていたし、スウェーデン人のキャシーは、すらりと細く美しい木を書いた。誰一人、何かを真似しようとせずに自分の中の木を書いていた。その文字の向こうに、彼らが思い描く木々の姿が浮かび上がる。
 
「白い紙と、墨だけ。しかも描く形はシンプル。だからこそ、みんなの持っている「音」が紙の上に現れるのよ。色を使うとね、違いをみんな当たり前に意識してしまうから、ちょっとしたことに気づけなくなるの。でも、ほら、墨だとそうはいかないでしょ。少しのかすれや濃淡の違いだけでも、こんなに雰囲気が変わるんだから。こんなにそれぞれの持つ世界を豊かに表現出来るツールを私は他に知らない」
 
先生の言う「音」とは、「子供のことを考える」「あなたのことが好き」と言った表現で使われる「こと」に近いのかなと思う。人が持っていること、その人に関連するすべてのこと、を包括的に示す言葉。
 
そう気づくと、墨色の持つ豊かさというのは、普段の生活にも当てはまると思った。
墨一色だからこそ自分を表現できる。であれば、墨のよう、とは言わないまでも、特別な華やかさのない日々の生活の中にこそ、自分は現れてくるのではないだろうかと。
 
この夏、アクティブなイベントがあまりなくて、毎日同じだな、と思っていた。だけど、そんな時ほど、日々のほんの少しの違いを感じ取れる。特別なことじゃなくて、コンビニに新しいアイスが入っていたとか、蝉の声が遠のいて秋虫の音が響くようになったとか、そんなこと。
 
そういう小さなことこそ、人生のかすれや濃淡となり確かに自分を作っていく。積み重ね方によって、新たな自分を発見し、目指したい方向に自分を導くことだってできるかもしれない。
この夏から、できる限り試してみることにした。些細なことを、一筆一筆描くように大切にして過ごすということを。雑誌に載るようなお手本通りの華やかさよりも、毎日を彩るささいなことにこそ味わいがあると思う。掠れや濃淡、ぽとりと落ちた墨のしずくですら、人と違った魅力になり、自分を表す「豊か」さへと広がる。
 
暇で大した毎日送ってないなー、なんて思うこともあるけど、きっと真っ白な紙に墨一色で描いたとき、日々を過ごす気持ちの違いによって、そこにはごまかしようのない違いが生まれてくるのではないだろうか。
 
そんな風に思ったこの夏。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

 

 
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事