「おもてなし」のお値段は?
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「おもてなし」のお値段は?
記事:Yuriko Kato(ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
「日本の文化が、なくなろうとしている」
先日、京都で老舗の和菓子屋を営むご主人とお話する機会があった。
「昔は、家にお客さんを迎える時は前もって和菓子屋に注文をして、当日に届けさせたんだよ」
家に来客がある折りは、そのお客さんのためだけに、できたての和菓子を準備した。その心意気が、お客さんへの「おもてなし」だった。年末には、お得意の家々に和菓子の見本を持って行き、親族が集まるお正月のための注文を聞いて回ったそうだ。近年、そうした家が京都でもすっかり減ってしまったという。人を家に招くこと、人と家で過ごすことに、日本人は頓着しなくなったと感じる、と嘆いておられた。
平安時代から都のあった京都には、数えきれないほど和菓子の老舗がある。上菓子屋といえば、江戸時代には公家や武家、お寺、お社にお菓子を献上し、茶道の宗家、大店の商家の御用をつとめていた和菓子屋さんのことだ。桜や楓、梅に牡丹など季節の草花が洗練された色、姿形で表された和菓子は、味や食感の良さは当然ながら、目で見て鑑賞する楽しさがある。さらに「雪間草」や「唐衣」といった『源氏物語』や『伊勢物語』の一節や和歌に因む名前をもつ和菓子もあり、文芸の世界観を表現する和菓子もある。
また、京都ではおまんやさんと呼ばれる和菓子屋さんがあり、お餅やお団子など日常のお菓子が作られている。6月30日の夏越祓に食べる水無月、旧暦10月の亥の日に食べて無病息災を願う亥の子餅といった、平安時代の宮中の行事に因み縁起を担ぐもの、あるいは花見団子、月見団子といったささやかな、けれど今年もその季節を迎えられたことにほっこりと気持ちが和むような和菓子が揃う。
そうした日本人の美意識と人々の日々の祈りが込められた和菓子だが、社会と生活スタイルの変化と共に、昔に比べると食べる機会が減っていることは確かだろう。私自身、和菓子屋さんで和菓子を購入するのは、よそへお邪魔する時の贈答用で、人と会う時は外のお店でお茶をすることが多いし、家に誰かが来る時はお茶うけくらいは用意するものの、その日に合わせて和菓子を注文したことは一度もない。
かろうじて、和菓子と共に人をもてなす文化を継承しているのが茶道の世界だろう。
純白のきんとんが口の中でとろける「雪餅」、求肥に包まれた味噌餡と牛蒡のコンビネーションが美味しい「花びら餅」、黒糖寒天の中に黄身餡が浮かぶ「沢辺の蛍」……etc
私はいつもお菓子をいただくのを楽しみに、週に一度の茶道のお稽古に通っている。お茶事や茶会ともなると、花見茶会、納涼茶会、観月茶会などそれぞれの趣向に合わせてお道具が準備され、お菓子も器に合わせた色や形、大きさを和菓子屋のご主人と相談しながら作ってもらう。その茶会に因んだ銘をつけた限定のお菓子で、お客さんをもてなす。和菓子との出会いも一期一会なのだ。しかし昨今では、既存の和菓子をカタログから選ばれる茶道の先生も多いと聞く。
日本では、絵画をはじめとする美術を鑑賞する場面として、室町時代より床が発達した。桃山時代からは床は茶室の中で重要な役割を担うようになり、床に掛ける軸、花器に生けられた花が、亭主によって立てられる茶の味と一体となって、客を迎える作法として定着してきた。掛け軸の美術品、花器、花、茶碗、茶入れといった空間のしつらえは、本来日常生活の内に深く根ざした日本の文化であった。
お床に軸を飾り、花を生ける、といった室内をしつらえてお客さんを迎える、という風習も少なくなったのではないだろうか。そもそも和室や床の間のある家が減ったと聞く。生活の中に当たり前に存在し、日常的に使われていたしつらえの工芸的な品々は、暮らしの中で感覚的に楽しむものから、博物館のガラスケースの中に納まり、知識で理解するものへと変わってしまったように思う。
和菓子も同様に、お稽古で、お茶会で、お店で、日々の生活から切り離され、非日常の時間と空間で味わうものとなってきたのかもしれない。
一方で、「おもてなし」という言葉は、近年もてはやされるようになった。
2020年のオリンピック・パラリンピック誘致のためにプレゼンテーションが拍車を掛けたように思うのだが、海外からあるいは国内旅行者に向けた観光と結びついて流布しているように感じる。
「おもてなし」と聞くと、飲食店での丁寧な接客、宿泊施設でのきめ細やかなサービスを思い浮かべられる方も多いのではないだろうか。最近の高級料亭では、料理の材料費と技術費だけでなく、掛け軸や生け花などの空間のしつらえが料金に含まれているという話を聞いたことがある。
「おもてなし」の産業化、商品化が過ぎるようにも思える。
現代人は忙しい。慌ただしい日常の中では味わえないくつろぎを、お金を払って外に求めるのは、決して悪いことではない。
けれど、「おもてなし」はそもそもお金と交換するものなのだろうか?
もてなす側ももてなされる側も、共に過ごす時間を大切にするための行為。
人と人との温かい交流の時間。
新型コロナウィルス流行の影響で、人々の生活スタイルは大きく変わった。外出への不安が高まり、家の中で過ごす時間が増えたことで、家を過ごしやすい空間にするために断捨離をした人、人との繋がり方に変化があった人も多いだろう。
今の状況がいつまでも続いて欲しくはないけれど、ひょっとしたら足元に大切な落し物があるかもしれない。
日本の自然の美しさやささやかな日々への願いをうつす和菓子で、身近な大切な人をもてなしてみるのはいかがだろうか。
ステイホームで時間を過去に巻き戻すことはできないけれど、日本人が大切にしてきた心意気を、日々の温もりを取り戻すことができるかもしれない。
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