メディアグランプリ

忘れたいこと、忘れてほしくないこと


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記事:永田浩子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
NHKの朝ドラ『エール』の放送が再開された。
新型コロナウィルスの影響で、撮影ができなかったため、放映が止まっていた。その再開は、なんとなくコロナ禍の状況から、前進しているようで、うれしい感じがする。
そんな今日、テレビをつけたら、再開にあたっての番組宣伝がたまたま流れていた。
これからのあらすじは、第二次世界大戦に入っていく。主人公裕一が作曲した戦争に送り出す歌が大ヒットしていく。そのことで裕一は傷つき、戦後なかなか再起できないでいるが、日本の復興に「エール」を送る歌を生み出していくようになる。
裕一は、原爆投下直後の長崎で被爆者の治療を行う医師と出会う。歌謡曲『長崎の鐘』のもととなった同タイトル著者の永井武氏をモデルとした人物だ。その人物は吉岡秀隆さんが演じ、ドラマでの名前は、永田武。
 
長崎、原爆、医師、永田。
一緒にテレビを観ていた夫と、「まさにうちだね……」と声を合わせた。まさに夫の父を表す4ワードである。
 
夫から聞いた話をしよう。実話である。心が痛くなるので覚悟して読んでほしい。
 
「そげんごとして。まっくろに塗りつぶして」
十数年前、長崎の夫の実家にいたときのこと。義母に古いアルバムを見せてもらっていた。何枚かの写真に、人の顔が墨で塗られている。
「このことか……」
そのとき私は、夫から以前に聞いた話を思い出していた。
 
この古いアルバムは、義父のもの。
 
夫が高校生のときに、義父は他界している。だから私は会ったことはない。
夫から聞く義父は、九州男児のとても厳格な人。ちゃぶ台をよくひっくり返し、夫は叩かれて育ったそうだ。
その義父が、写真に映った人物に墨を入れていたのだ。
 
義父には、夫の母と結婚する前に、10年恋愛したのち、結婚した前妻がいた。子どもも男の子が3人いた。鹿児島出身の義父は、長崎の大学へ進み、そのまま長崎の三菱造船所で軍医として勤務していたそうだ。戸籍から推測すると、戦争中に、鹿児島から自分の母と姉を長崎へよび、7人家族だったのだろう。
 
夏の長崎といえば、決して忘れてはいけないことがある。
昭和20年8月9日午前11時2分。原爆投下だ。
 
投下直後から、医者だった義父は、家族の安否確認どころではなく、次々と運ばれてくる人々のため、休む間もなく治療に専念した。
医療従事する仲間からのすすめもあり、1週間後、ようやく家族を探すため、病院をあとにした。
見つかった家族は、生きてはいたものの、もう成すすべがない。義父の帰りを待っていたかのように、妻がその日に亡くなった。翌日にはたった5歳の三男。また次の日に9歳の次男、それから11歳の長男、姉、そして母と、毎日、毎日、一人ずつ看取ったそうだ。
 
治療する手立てもなく、どんなにつらい日々を義父は過ごしたのだろうか。
 
跡形もなくなった家のがれきの中から、アルバムは出てきた。
そこには楽しかったであろう思い出がたくさん刻まれていたのだろう。
 
その思い出を消すかのように、義父は、アルバムの中の亡くなった妻の顔を墨で黒く塗った。
思い出全部、忘れたかったのであろうか。それとも新しく結婚する妻のために塗ったのであろうか。
この話に涙が出ても、義父の気持ちには、遠く及ばない。戦争が起こしたこのような悲しいことは、忘れてはいけない。
 
戦後1年もたたない混乱の中、義父は、お寺のお坊さんの紹介で結婚した。義母は、カバン一つで嫁いできたという。家族をすべて失った義父を支える人が必要だとお坊さんは思ったに違いない。また、義母は、「いい人だから結婚しなさい」とお坊さんから言われ、顔も見たこともない人に嫁いできたのだ。
今では考えられない時代だ。
 
さて、このアルバム。義母は、結婚したばかりのころに、これを見て、自分は愛されていないのではないかと不安になったことがあったそうだ。
しかし、私には、義父の愛を感じる。
 
義父にとってみれば、忘れたくてもどうしても忘れられないことだったと思う。泣くことはできただろうか。いや、九州男児、ぐっとこらえていただろう。
その状態から、新しい妻を迎え、再出発するために、悲しみと過去を墨で塗りつぶしたのかもしれないと思う。義父は前の家族のことを話すことはなかったという。自分なりにけじめをつけて、1男2女をもうけ、新しい家族との生活をまっとうした。なんと強く、愛情深い人であろうか。
 
「父が亡くなった朝、アンゼラスの鐘が打ち鳴らされているのが聞こえた」と夫は言っていた。
アンゼラスの鐘は、原爆の直撃を受けた『長崎の鐘』と歌われる、今でも長崎を響かせている鐘だ。
 
ああ、長崎の鐘が鳴る
 
戦後75年。
日本中、世界中、各地域で、それぞれいろんな体験をされた方が、いろんな思いでこの夏を過ごしただろう。いまは、自然災害、ウィルスなど、私たちの手ではどうにもできないことが起きている。だからこそ、戦争は起こしてはいけない。忘れてはいけない。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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