草原の風を運ぶタイムカプセル
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:朝木亜佐(ライティング・ゼミ平日コース)
過去の自分に「グッジョブ!」と言いたい出来事が、たまに起こる。
大掛かりな断捨離をしていたとき、古いメモ帳が出てきた。25年前の旅の記録だ。懐かしい。たちまち、あのときに引き戻された。
モンゴルには4回行った。社会人の最初のころ、私はお金と休暇を旅行につぎ込んでいた。なかでもモンゴルはお気に入りだった。
「なんでモンゴル? 何しに行くの?」
同僚に問われたが、イマイチうまく伝えられなかった。だって観光らしいことは何もしないのだから。
今でこそ、旅先で何もしないのが目的と言っても理解してもらえるが、当時、海外旅行と言えば、有名な観光地を巡り、レストランで土地の名物を味わうことが、少なくとも私の周りでは定番だった。
そのどちらでもないのに何度も訪ねるって、モンゴルには何か特別なものでもあるの?」
モンゴルには草原と馬とゲル(遊牧民の移動式住居)以外、目につくものは何もなかった。でも。何もないからこそ、出会うものすべてが鮮やかに心に刻まれた。
私たちを乗せたマイクロバスは、ゆるやかな丘が連なる草原を走っていた。まるで猫バスが縦横無尽に野原を駆け巡るように、ものすごいデコボコ道を、斜めになったり跳ねたりしながら、これから世話になる遊牧民の宿営地を目指していた。
バスのなかは、旅の始まりの高揚感に満ちていた。2回目のモンゴル。1度目のツアーで知り合った仲間が、さらに各々の友人を誘い、モンゴルを再訪する十数人のグループになった。みな社会人数年目。大学のサークルの延長のような雰囲気だった。
夏の草原で一週間、予定にあるのは、ゲルに泊まって馬に乗ることだけ。遊牧民の10歳違いの兄弟が案内役だ。名前はニャマーとチムデー。兄のニャマーは私たちと同年代だった。
遊牧民は、馬を自分の体の一部のように自由自在に操る。子どもですら堂々たる扱いぶり。さすがは騎馬民族だ。そんな姿に憧れて、私たち日本人旅行者は、彼らが用意してくれた馬に乗る。いや、馬が乗せてくれると言った方が正しいか。
見渡す限りの草の海。ここでは何かにぶつかる心配は無用だ。唯一、気をつけるとすれば、スピードを出した馬から振り落とされないようにすること。
馬にもノンビリ屋と負けず嫌いがいる。のんきな馬は、放っておくと立ち止まって草を食み始めてしまう。逆に、どうしても集団の先頭を走りたい馬もいて、人間が急き立てなくても勝手に速度を上げていく。そんな馬で走ったときは、思わず声が出る。
「気持ちいい!」
たぶん傍からは、必死で馬にしがみついているだけにしか見えないだろうが、自分のなかでは馬と一体化して、騎馬民族のように疾走しているつもりである。何もないから、妄想が自由に広がる。
毎日ひたすら馬に乗って、羊肉を食べ、歌を歌い、あとは言葉の通じない部分を補うかのように、体を使った遊びを本気でやった。
草原での滞在が終わりに近づいた夜、焚き火を囲んで宴会をした。モンゴルの歌、日本の歌を披露し合い、歌い飽きると踊りが始まった。見よう見まねでモンゴルの踊り、その次はジェンカ、マイムマイム、ロンドン橋落ちた、とグルグル回った。子どものころの遊びをするのは、何年ぶりだろう。
なかでも、花いちもんめに似たモンゴルの遊びに、時を忘れて没頭した。二手に分かれ、横一列になって手をつなぎ、相手チームと向かい合う。両者の距離は7~8メートル。交互に攻撃をする。一方のチームから、代表の一人が相手チームに突進。徒競走のゴールテープを駆け抜けるように、敵方がつないだ手と手の間に切り込む。手が外れたら成功。自分のチームに一人獲得できる。外れなければ、突撃した人が敵方に取られる。最後に一人になった方が負けだが、実際には人が行ったり来たりして、半永久的に終わらない。
たとえ体力自慢であっても、日本人はとうていモンゴル人に及ばないが、ラガーマンだったSさんの突進はかなり激しく、夜の草原が沸き立った。けれどやっぱり、真打は遊牧民だ。兄ニャマーの突撃は誰よりも鋭くて、狙い定めた相手の鎖が必ず切れるのだった。同じチームで隣り合ったとき、彼は優しく丁寧に私の手を握ってくれた。ごつごつとした、働く人の手だった。
それにしても、モンゴル人たちは一向に遊びをやめる気配がない。すでに午前4時を回っていた。一体どんだけタフなんだ。いや、こんな時間まで体を張って付いていく自分たちにも呆れるが。いまさらながら、私は体がヘトヘトだったことに気づいた。けれどこのまま終わってほしくなかった。立場も何も関係なく、子どものように夢中になっていたこの時間が、ずっと続いてくれるならと願った。
他の人もみな名残惜しかったのだろう。まだ残っていた熾火を囲み、消えるまでのわずかな時を見守った。そうしてニャマーとチムデーの兄弟は、夜明け前の暗闇のなかを自分たちのゲルまで馬で帰っていった。
とうとう最後の日になった。泊まっていたゲルを解体したら出発だ。来たときと同じマイクロバスに乗り込んだ。手伝いに来ていたニャマーが馬で去っていく。さようなら、モンゴルの頼れるお兄さん。ほどなくしてバスも発車した。兄弟の住むゲルの横に差しかかると、弟のチムデーが見えた。みんなで思いっ切り手を振った。彼も手を振り返す。けれどもその姿はすぐに後方へ流れ去り、小さくなった。胸がいっぱいになる。すると……
「おお!」バスのなかが、どよめいた。
チムデーが馬に乗ってバスを追ってきた。速い速い。どんどん速度を上げてくる。たちまちトップスピードになった。私たちに一度も見せたことのない速さで馬を駆り、草原に風を巻き起こす。バスに激しく揺られながら、誰も何も言わずに、騎馬民族の友人の疾走を見つめていた。なんとも意気な別れのあいさつだった。
このまま終わらないでほしいと願った、草原での私の夢は、ある意味で叶えられた。自分が書き留めた旅のメモに、宝物のような時間が、あのときのまま保存されている。まるでタイムカプセルみたいに。
***
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