メディアグランプリ

いつものわたし、あたらしい表情


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記事:toko(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
蝉も鳴けなくなるのではと思うような暑さが嘘だったかのように突然涼しい風が吹き始めた秋の始まり、私のもとに一本の口紅がやってきた。初めて挑戦する、ブラウンリップだ。
 
男性は口紅というと赤やピンクのイメージが強いかもしれないが、実は唇を彩る色にはオレンジや紫、ブルーにブラウンと、様々な色がある。
少し大人びた印象に映るブラウンリップは、これまで私にとって「老けて見えそうな色」だった。手に取ることも試してみることもなく、「いつかおばさんになったら……」とぼんやりとした思いで自分から遠ざけていた。
 
そもそもブラウンリップに挑戦してみようかと思ったのは、8月の終わりに自分の顔を見飽きてしまったからだ。
私は決して化粧品に詳しいわけでも美容に力を入れているわけでもなく、平均点程度の素顔から少しでもコンプレックスを目立たないようにするべく、雑誌を見ながら化粧の仕方を見様見真似で習得し、時々デパートやバラエティショップでコスメを買い足す、一般的な女性だと思う。
一度しっくり来たら、なかなか化粧品やメイクの方法を変えたりしないし、実際にこの夏は大粒のラメが入った夏らしい濃いオレンジシャドウを主役にしたメイクを2か月間顔に施し続けた。
そして、8月の末になんだかちょっと見飽きてしまったのだ。
 
丁度季節の変わり目ということもあり、手持ちの化粧品を改めて見直してみる。そこで久しぶりに手に取ったくすみピンクのリキッドアイシャドウが、今の自分にとてもしっくりくる色だとわかった。初秋に相応しい、落ち着きのある大人っぽいピンク。自分はこれからしばらくこのアイシャドウを先発コスメとして使うだろうと思った。
しかし、そのアイシャドウに合う口紅がない。夏の間使っていたシアーなオレンジリップはもちろん、仕事の時に使う鉄板のローズ系の口紅もなんだか似合わない。
アイシャドウは自分の「今の気分」にとてもぴったりなのに……!
 
そんなちぐはぐな想いで過ごしているときに、友人がInstagramでブラウンリップを紹介しているのを見かけた。
老けて見えそうと思って遠ざけていたブラウンリップ。試しに店頭で試してみると、驚くほど求めていた印象にぴったりとはまった。
初秋らしい落ち着いた色味。しかも老けて見えるどころか、むしろ肌は明るく、瞳も光を取り込んだように見えた。
直ぐにレジへと向かい、近くのトイレに入って自分の唇に塗ってみる。
 
これだ。今秋の私の顔は。
 
ブラウンリップこそが求めていた今の顔を作るキーアイテムだった、というのはあくまでも私の場合。
ただ、このことから私がいかにこれまで「思い込み」に捉われていたのかを思い知った。
 
私たちはいつも、自分に対するコンプレックスや不満を多かれ少なかれ抱えている。時にはそれらが抱えきれないくらい大きく肥大化してしまい、眠れない夜もあるかもしれない。
そしてそんなコンプレックスや不満が大きければ大きいほど、なぜか私たちは端から自分には乗り越えるのは無理だ、と思いがちではないだろうか。
少し大きな話になってしまったが、このような「自分には無理」という思い込みを打破する一つの簡単な方法が化粧であるように思う。
 
「わたし」自身はいつも変わらない。同じ身体、同じ経歴、同じ生活。
でも、「想い」を変えれば、少しずつ行動や振る舞い、自己認識が変わっていく。
私は似合わないと思っていたブラウンリップを塗ることで、求めていた「大人っぽいけれどフレッシュな表情」を手に入れた。そうすると不思議なことに、自分が求めていた顔に似合った振る舞いに変わっていく。
背筋は伸び、しばらく遠ざかっていたヒールを選ぶようになる。
可愛らしいデザインの服は選ばなくなり、シンプルだけど上質な服を手に取りたくなる。
些細なことにイラつかなくなり、おおらかな気持ちで日々を過ごせるようになる……とまではいかなかった。が、自分の満足行く顔の仕上がりを鏡で見るたびに、その顔に相応しい振る舞いとマインドでいたい、と思うのだ。
 
そして、鏡を見るたび、はあいい顔……と思うのだ。
前述の通り、私の顔は平均点。見る人によっては平均以下かもしれないし、平均以上と言ってもらえるかもしれない。だけど、自分にとっては「くすみピンクのアイシャドウとブラウンリップのメイクをした私の顔は、ほれぼれしてしまうほどいい顔」なのだ。
心から納得行く化粧をすることで、自己認識が上がっていく。
こんなに手軽で効果抜群な方法があるなんて!
 
鏡を見るのは一日の中でほんのわずかな時間だが、その短い時間の積み重ねで、自分の自分に対する印象は確実に上がっていく。逆もまたしかり。自粛期間中に家の中ですっぴんで過ごし続けることに耐えられず、眉毛だけは描く、などの薄化粧をしていた人は多いのではないだろうか。
この、毎日の積み重ねで自己認識を上げていくことは、大げさに言うと今の日本人にとってとても大切なことだと思う。
 
自分の良さを、自分自身で認めるのだ。
まずは外見から。
 
もちろん、自分が自分であることの素晴らしさをもう十分に認められている人もいるだろうし、自分の中身を誰よりも愛せている人もいるだろう。
ただ、もし今自分の許せない部分に飲み込まれてしまいそうな人がいたら、一度思い込みを横に置いて、新しいリップを探しに行ってほしい。今までは手に取ろうとも思わなかった色が、自分に似合うかもしれないから。
そして、鏡に映った自分は「いつものわたし」なのに、あたらしい表情をしていることに気が付くかもしれないから。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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