曲がりたければ、そちらを見ないと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:伊藤朱子(ライティング・ゼミ日曜コース)
すっかり動揺していた。正確に言うと動揺というより、頭の中が真っ白になって、
「あ、あ、あ、あぁ〜」
と声にならない叫びがあった。
「君、自転車乗れるの?」
教官の声は厳しく、そして、私が握っているハンドルを隣からぐっと握って、力強く左に切った。
自転車? 乗れますよ、乗っています。
そりゃ、あんまり運動神経は良い方ではないけれど、ちゃんと小学校に入る前には自転車を買ってもらって、今まで12年くらい、無事故ですよ。
でも、車の運転は自転車とは違うじゃない!
次はハンドルを右に切った。が、切りすぎだ。
「戻して、戻して、戻して!」
と教官の怒りすらも感じる大きな声。
ハンドルを切って、元に戻すタイミングをつかめない。ああ、縁石に乗り上げる!
大学生になって車の運転免許を取ろうと、教習所に通いだしたのは良いけれど、乗ってみていきなり2回目の教習でこのありさまだ。
私は、「左折」ができなかったのだ。いや、「左折」だけではなく、「右折」もできなかった。つまり、まっすぐ進むことはできても直角に曲がることができない。いわゆる、クランクと呼ばれる角を曲がる組み合わせが、どうにもならない。
初めて車に乗った時、教習コースの大きなカーブに沿って、ハンドルを少し、切るだけだった。緊張はしたけれど、初めて自分でハンドルを握る楽しさもあって、なかなか上々な教習所通いが始まったと思っていたのだが……。
「はい、もう一回、頑張って」と言われ、落第。
こんなことで、本当に車に乗れるようになるのだろうか、すっかり自信をなくしてしまった。
ある朝、急に、教習所に通っていた時のことを洗面所の鏡の前で思い出した。
最近感じているモヤモヤした気持ちを晴らすように、新しく買ったばかりのピアスを手に取り、つけている時だった。
「ピアスがもっと見えるようにした方がいいかな」と思いながら、耳の横の髪をかきあげた。
そして、ピアスを確認するために、左に「しっかり」、顔を向けた。
「あ、そうか……」
その仕草が鏡に映って、私は左を向いた時、なぜだか思い出したのだ。なんでこんな瞬間に思い出したのだろう。
クランクがうまく通過できなかったことで、乗せてもらっている時には感じなかった車の運転が、とても難しく、特殊能力のように思えた。
行きたくない。でも、家族の手前、まさかたった2回で諦めるわけにもいかず、渋々、また教習所に行く。
おそるおそる車に乗り込み、ぐるっと大きく教習所のコースを一周した後、「次の角を左に入りましょうか」と教官に促される。
やっぱり、やるんだ、クランクは避けて通れない……。
私がゆっくり左にハンドルを切ろうとすると、
「ほら、顔を左に向けて」と教官に言われた。
え? 顔ですか??
顔を左に向けると、自然にハンドルが左に切れる。
「はい、顔をまっすぐ、前を見て」
すると、あら、不思議。ハンドルも自然と戻っていた。
あんなに難しいと思っていた「左折」を難なくクリア。
「はい次、右。先に右を見て。はい、ハンドル切って」
言われるがまま、やってみると、車はちゃんと右に曲がっている。その上、フラフラすることなくしっかり車体は道の真ん中にあり、進みたい方向を向いていた。
「前回、うまくできなかったみたいだね。
ちょっと近くを見すぎ、もう少し、先を見て。
行きたい方向に顔を向けて、そちらを見ればいいんですよ」
教官はいとも簡単に、アドバイスをくれた。
「曲がりたければ、そちらを見ないと」
私は、その一言を思い出しながら、鏡を見て思った。
進みたい道がある。誰かに乗せてもらうのではなく、自分でハンドルを握って。
日々、自分の目の前に現れている道を、時にスピードを上げて、時に少しゆっくりと。
まっすぐの道も見えているけど、本当は「左折」や「右折」をしないといけない。
その曲がる方向にちゃんと顔が向いてないから、慌ててハンドルを切って、フラフラする。ハンドルを戻し、まっすぐにするタイミングが悪い。
このところの何か自分の状態が安定しないのは、ちゃんと行きたい方向に顔を向けてなかったからか……。
私は教官にアドバイスをもらってから、かなりの間、曲がる時には心の中で
「はい、顔を曲がりたい方向に向けて」
と自分で指示を出していた。
それを体が覚え、いつの間にか、自然と曲がることができるようになった。
洗面所の前で、顔を左に向けた時、あの、教官に言われた時の、左に顔を「しっかり」向けて、行きたい先を見た感覚を思い出したのだ。
あっちに進みたいと言いながら、顔は全然違う方向を向いていれば、車に乗ったばかりのあの時のように、ちゃんと進めないのは当たり前だ。見ている方向に引っ張られる。
「進みたい道は、まっすぐばかりじゃなくて、左折や右折もする必要があるんだよなぁ」
アドバイスをくれた教官のおかげで、私はクランクをクリアし、自分の進みたい方向へ進めるようになった。
そして、25年以上経って、その教官の言葉を思い出し、顔を「しっかり」向けて人生のハンドルを切る大切さを感じた。
曲がることが苦手な、不器用さは今も変わらないのかもしれない。
でも、あのアドバイスがある限り、またちゃんと上手に曲がることができる。
18歳の夏、とても単純で大切なことを教えてもらった。
***
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