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留学したって英語がしゃべれるようになんてなれない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:月村あゆみ(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「ローストチキンサンドください」
「OK、パンは何にする?」
ここはアメリカ、シカゴ・オヘア空港。夫は2年で留学を切り上げ、日本で就職をすることになった。今日、私たちは日本へ帰る。
久しぶりの大雪の中、巨大なリュックサックを背負った私たちは、チェックイン締め切りの4時間前とかなり早く空港入りした。アメリカ最後の食事を空港のサブウェイで取ると決めていたからだ。
「エブリシング・ブレッドで。軽くトーストしてもらえる?」
「OK、チーズはいかが?」
「たっぷりお願い。外に積もってる雪くらいにね」
グッと親指を立て、店員はその大きな両手いっぱいにチーズをつかんでパンに載せてくれた。
「野菜はどうする? 全部入れていいのかな」
「バナナペッパーは抜いてほしいわ。辛いのが苦手なの」
「わかったよ。代わりにタマネギを多めに入れてはどう? 味が締まってもっと美味しくなると思うよ」
「いいわね! お願い」
会話を続けながら、私は2年前、この店に初めて来た時のことを思い出していた。
 
「あ……あ、ディ、ディスワン、プリーズ」
あの日、サブウェイの店頭で、私は半泣きだった。
引っ越し疲れから、16時間のフライトの間ずっと爆睡してしまい、機内食を食べ逃した私は、お腹が空いていた。
いくつか店がある中、比較的空いていたサブウェイに並び、注文しようとしたが、英語が通じない。
「gsjlagrhahbjkgxCf3?」
何を言われても聞き取れないし、こちらの言っていることも全く伝わっていないようだった。仕方なく私は看板を指差して注文を試みたが、それに対して店員さんがなんと言っているのかもわからない。
見かねたのだろう。私の後ろに並んだ、親切そうな白人男性が助けてくれ、なんとかサンドイッチを手に入れることができた。すみませんとありがとうを日本語で繰り返しながら、私はコメツキバッタのように頭を下げ下げ、逃げるように店を後にした。
空港のベンチに座って食べたサンドイッチは、私の苦手なバナナペッパーの辛い味がした。
 
英語は得意なつもりだった。
中高と英語は得意科目で、試験の得点源だった。
中学3年生の時に英検2級に合格したし、センター試験では満点だった自信がある。
入試の成績順で割り振られる大学の英語クラスでは、帰国子女の子たちと同じクラスだった。
それなのに。
 
夫の留学に帯同して始まった、アメリカでの生活。
子供もおらず、夫と違ってやることのなかった私は暇を持て余し、程なくして、語学学校に入学することにした。
「Hey!」
語学学校の同級生たちはほとんどが10歳くらい年下で、若いせいかみんな遠慮がない。いかにも日本人らしい発音の私に、
「日本語訛りがきつくて、お前、マジで何言ってんだかわかんねえよ!」
と笑い、
「Rは巻き舌だよ。Lは巻かない。アユミの発音じゃRもLみたいに聞こえちゃうんだよ、サボらずにちゃんと巻かなくちゃダメだよ」
とか、
「THはちゃんと舌を噛まなくちゃ!それじゃTともSとも区別がつかないよ」
なんて、一丁前にアドバイスをしてくるのだった。
 
いつしか、私はクラスでほとんど発言をしなくなっていた。
先生に指名され、発言を求められたときにちょこちょこっと話すだけ。
 
そんなある日。
クラスを4つに分けてディベートをする授業があった。
テーマは死刑制度。大学で刑法を扱うゼミに所属していた私は熱くなった。
同じディベートチームに、死刑制度を廃止にした国の出身者しかいなかった事もあり、気がつけば発音も文法もなく、私は言いたいことをワーッと捲し立てていた。
 
普段、ほとんど発言してこなかった私の主張を、チームメイトたちは皆黙って聞いていた。いつも混ぜっ返してくるアレハンドロ、しょっちゅう何? 今なんて言った? と聞き返してくるアブドラ、私の発音を何度も何度も真似していじってくるジヨン。
全員が恐ろしいくらいに真剣な顔で、一切口を挟まずに話を聞いてくれ、そして最後に言った。
「アユミ。そんなふうな考えを持っていたなんて、全然知らなかった。もっと教えてよ。アユミの考えてること」
「でも、私、話すのが上手じゃないから……」
「話すのが上手じゃないから話さないっていうの? そんなのおかしいわよ。アユミ。話さなきゃ、話せるようになんてならないわよ」
私は雷に打たれたような衝撃を覚えた。
 
そうだ。そうなのだ。
私は心のどこかで、アメリカに来たからには、そのうちいつの間にか勝手に英語が話せるようになるだろうと期待をしていた。
何の努力もせずに、話せるようになんてならないのに。
 
私はアメリカに来ただけで、何の努力もせずに、学校の成績は良かったとか、英語は得意科目だったとか、そういうことだけを自分に言い聞かせてきた。
できない自分から逃げたまま、英語が話せない自分から目をそらし、いつか話せるようになるだろうと、ありえない希望にすがり続けてきたのだ。
 
「話せないままは嫌……」
気がつけば、絞り出すように私は呟いていた。
「嫌だろ? じゃあ、もっと話そうぜ。話した分だけ、話せるようになるよ」
こくこくと頷きながら、私は、不思議な充足感に満たされていた。
 
「一緒にコーヒーかスープはどう?」
店員の声に、私は我に返った。
「そうね、どうしようかな……」
「俺のおすすめはクラムチャウダーかな、温まるよ」
「クラムチャウダー、いいわね。じゃセットで」
「OK。……マダム、今日はどこから来たの?」
「これから日本へ帰るのよ」
そう言うと、店員の彼は目を見開いた。
「ヘイ、アメリカで食べる最後の食事がこのサンドイッチだっていうのかい? 俺が言うのもなんだけど、空港にはもっとゴージャスな店だってあるんだぜ!」
「私、2年前に初めてアメリカに来た時にも、ここのお店でサンドイッチを食べようとしたけど、英語が話せなくて自分じゃ注文もできなかったの。あれから2年、自分なりに努力したわ。自分がどれくらい成長したのか確かめたくて、ここに来たのよ。最後の食事にふさわしいと思わない?」
ヒューっ!と口笛を吹いた彼とknucksで別れ、私はあの日座ったのと同じ空港のベンチで、サンドイッチにかぶりついた。
あの日とは違い、口いっぱいに広がるのは、ローストチキンとチーズの味。
最高の気分だった。
 
私がアメリカに住んでいたことがある、と言うと、一定数、「留学したら英語がしゃべれるようになるんでしょ?」と言い出す人がいる。
そんな人に、私はいつも言うことにしている。
「留学しただけで、英語がしゃべれるようになんてなれない。しゃべらなきゃ、しゃべれるようにはなれないのよ」
 
 
 
 
***
 
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2020-10-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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