メディアグランプリ

青春小説で、大人の自己点検


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記事:森真由子(リーディング倶楽部)
 
 
仕事を半ば強制的に終え、パソコンをシャットダウンする。
黒くなった画面には、自分の顔が写っていた。
童顔な方と言われていたけれど、さすがに二十歳前後の学生とは嘘をつけないくらいに、ちょっぴり疲れた大人の顔になっていた。
ふと、思う。自分が学生時代に想像していた大人になれているのだろうか。
 

 
ずっと気になっていた小説があった。
その本の表紙には、綺麗なオレンジ色の背景にひまわりを持った黒髪の少女が描かれている。
その少女の顔はなんとも言えない表情をしていた。
口は笑うこともなく閉じられ、目は虚ろなのか、それとも真っ直ぐこちらを見据えているのか、どっちともとれるような表情だった。
いずれにせよ、こちらとはやや距離感のある雰囲気が漂っていた。
 
その本は、『私を知らないで』。(集英社文庫、白河三兎・著)
 
主人公は中学2年生の少年。ある街に引っ越してきた彼は、クラスで「キヨコ」と言われている少女と出会う。
彼女はクラスの誰よりも美人なのに、本名とは全く関係ない「キヨコ」というあだ名で呼ばれている。そして、存在を無視されていた。
彼女はどういう少女なのか、どういう秘密を持っているのか……。
 
裏表紙のあらすじの最後に、「心に刺さる、青春の物語」と書かれていた。
青春か……。
そんな時代は、自分の中では遥か昔に色褪せてしまっていた。
こんな私が今更青春小説を読むなんて、やや気恥ずかしい。
迷った末、「キヨコ」の謎が気になった私は、手に持っていたこの本をレジへと運んだ。
 

 
あっという間だった。読む手が止まらなかった。
 
転校することにすっかり慣れてしまい、どこか達観しているような主人公。
謎だらけだけど、どこか不思議な魅力をまとう「キヨコ」。
正直で真っ直ぐな友人、戦略家でしたたかなクラスメイト、空気を察するその他の学生たち。どの子も、キャラクターが立っていた。
自分の中学生のときは何も考えずのんびりと過ごしていたのに、彼らはちゃんと自分を持っているような子供たちだった。
 
そんな彼らは、とても眩しかった。
朝寝坊をしたとき、親が私の部屋の蛍光灯をパッとつけては、反射で閉じていた目を更につぶっていた。そういう眩しさがあった。
決して太陽のような自然なあたたかい光ではなく、ちゃんと暗い現実も的確に照らすような眩しさ。
 
眩しさと言えば、本書にはこんな描写があった。
中学生らしからぬ悟った面を持つ主人公に、高野という友人が真っ直ぐな言葉を放つシーン。
「……高野の使い古された言葉は僕の胸に響いた。不覚にも高野のストレートさがカッコ良く見えてしまった。他人を眩しく感じた時は自分がみすぼらしい時。僕のひん曲がった心が高野を羨ましがったのだった」(65頁)
 
自分にもまさに同じ現象が起きていた。
中学時代を既に経験した私なら「そういうこともあるよね」と悟った風にこの本を読むだろう、と思っていた。でも不覚にもこの本に出てくる学生たちを羨ましがった。
私は彼らのように、こんな一生懸命に生きていなかった。そう思っては、みすぼらしい自分を振り返った。
 
登場する子たちは大人な私よりも大人な上、人間性がとても魅力的だった。
それとは反対に、出てくる大人たちが残念だったりする。
「キヨコ」の本当か嘘か分からない勝手な憶測を街中で噂をしている大人たち。
学生たちに近い存在で一番力になってあげないといけないのに使えない先生。
あくまで大人はサブキャラクターだけれど、大人の私は、主人公の大人たちに対する脳内批判についヒヤヒヤしてしまった。
 
先生は特に残念だった。
転校生を二人同じクラスにした方がお互い安心だろうと思い込み、主人公と新しい転校生を同じクラスにする。しかし主人公は転校生は比較されてしまうため、返って迷惑だと心の中で毒づく。それよりも新しい環境に早く順応できるように気遣ってほしかったと。
文化祭の時期が近づきクラスがまとまらない時も、先生は何もしなかった。主人公曰く、その女先生からは、教師は結婚までの一時的な仕事と思っている腰掛け感が出ているのだそう。
 
人にはいろいろな考えや価値観があるから仕方がない。そう割り切ろうとしても、描かれている子供たちが真っ直ぐすぎて、自分も含めた大人たちがどうも情けない気持ちになってくる。
 

 
「キヨコ」の謎、物語そのものが気になる人はぜひ本書を手に取ってみてほしい。
学生たちが抱える秘密が少しずつ明かされてくる面白さにはまること間違いない。
読み終えた頃には、きっとこの『私を知らないで』という題名の意味にも納得するだろう。
 
学生の方は尚のこと、大人の方にも読んでもみてほしい。
この本を通して、改めて大人が青春小説を読む意味を考えてみた。
 
学生時代は、部活や夢の話、時にはいじめの話を読んでは人間形成の一環として自分を奮起させた。自分と同じ年代の子たちの話は、直に心と行動に響いてきていた。
 
では、一方の大人はどうだろう。
大人は例え青春小説を読んで感化されても、過去に戻ってやり直すことはできない。
 
私は、大人が青春小説を読むことは、健康診断のようなものだと思っている。
ちゃんと生きようとしているのか、子供のときになりたかった大人になれているのか。
物語を通して、今の自分の気持ちをチェックすることができる。
 
最近人間ドックの結果、父は内臓脂肪が増えてきたことが改めて分かり、落ち込んでいた。確かにショックだけれど、この時点で分かってよかったとも思った。
そのまま気にせず今までと同じように過ごしていたら、取り返しがつかないことになっていたかもしれない。
分かっていれば、そこから改善できるはずだ。
 
青春小説にも、こういう自己点検の効用があるように思う。
大人の心もたまにはメンテナンスが必要なのだ。
 
大人になってふと不安になっている人がいれば、あえて青春小説を読むことをお勧めしたい。
特に『私を知らないで』はかなり効果的な自己点検になるかもしれない。
私は今回、自分の覇気のなさをなんとか改善しなければと思わせられた。なりたかった大人になるために、のうのうと生きている場合ではなかった。
 

 
 

【紹介本】
『私を知らないで』(集英社文庫、白河三兎・著)
 
【こういう人にも読んでほしい】
・かつて転校生だった人
・青春ものでちょっと刺激がほしい人

 
 
***
 
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2020-10-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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