みんな満月のせいに
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:本多恭子(ライティング特講)
ママって「しょうがないじゃん」ってよく言うよね。自覚はある。
農業を生業にしていると、自然の猛威を前に手も足も出せないことが起こり、その度に諦めることと待つことを身につけた。焦っても無意味だし失敗も仕方なく受け入れるしかないのだ。おかげで、元来せっかちでせかせかした私の性格は、とんでもなくのんきなものに変わっていったし、色々なことに対して寛容になってきて、「しょがない」が口癖になってしまった。
そんな指摘をしてきた息子は、現在中学校2年生13歳。小学校6年生の時に不登校になり発達障害と診断され、今は支援学級の先生方にあたたかく受け入れられてのびのびと過ごしている。概ね平安な日々だが、たまに雲行きの怪しくなるときがある。発達した低気圧がぐるぐると渦を巻き、不穏な台風として我が家に上陸するのだ。そう、いわゆる思春期というやつだ。
思春期と一口に言ってもその症状はさまざまで、無気力、将来への不安、人間関係の悩み。身の置き所のないイライラ、先の見えないトンネル。昭和の人間だと、15の夜、盗んだバイク、尾崎豊……。まあ、そんなところでしょうか。
かくいう私も数十年前に真っ当に思春期を通過した。ものに当たる癖があり、子供部屋のドアの内側には、ものを投げてぶつかったへこみや跡があった。大人になってそのへこみや跡を見るたびに、このドアは私の思春期を黙って受け止めてくれていたんだなぁ。両親もこのドアのようにどっしりと見守ってくれていたのかと思うと感謝しかない。
今回我が家に上陸した台風は、かなりの大型で、非常に強い勢力にまで発達した。暴風、大雨、高潮に要注意。
「何もかもいやになった。いなくなりたい」
聞き捨てならない言葉とともに荒れる息子。以前の私ならおろおろとうろたえていたかもしれないが、幸いのんきな性格に生まれ変ったので、落ち着いて息子の気持ちを受け止め、そして家から連れ出した。家に閉じこもっていてはだめだ。直感でそう思ったからだ。
本屋で漫画やゲームを一緒に見てまわり、焼肉屋でご飯を食べた。他愛のない話をしながら、気持ちが落ち着いて大好きな焼肉を食べる息子にホッとして、ふと、窓の外をみたら、息を呑むほどの大きな満月が眼に飛び込んできた。そういえば蝉の鳴き声はいつの間にか聞こえなくなり、代わりに虫の声が聞こえてくるようになってきていた。そうか、今日は十五夜、中秋の名月。お団子ではなく、焼肉を食べながらのお月見だ。
月の満ち欠けは、人間の身体や心に少なからず影響を与えると聞いたことがある。満月の時には犯罪や事故が増えたり、気持ちがとことんネガティブになったり、身体の不調を引き起こしたりするそうだ。狼男は満月を見て変身するし、ドラキュラは満月が苦手だ。きっと衝動的に気持ちが変化してしまうのではないのだろうか。こんなに大きな満月なんだもの、何もかも嫌になっちゃうこともあるよ、誰でも。
だから、
「みんな満月のせいにしちゃいなよ!!」
思わず口から飛び出した。
さあ、息子よ、少年たちよ、もっともっと悩むがいい。食べることと同じくらい考えることは大切だし、人生には哲学が必要だもの。
でも、その悩みが、自己批判から自暴自棄になり、大型台風のように渦を巻いてしまったら、ひとまず外に出て空を見上げてみたらいい。
そして、みんな満月のせいにしちゃえばいい。
満月じゃなかったら?
風のせいに。
風が吹いてなかったら?
雨のせい。
雨が降ってなかったら?
そうだな、季節のせいにしちゃえばいい。
わかったようなわからないような微妙な表情の息子が
「人間って変な生き物だね」
とつぶやいた。中2男子、たまに真理を突いてくる。
ほんとだね、悩んだり迷ったり、落ち込んだり、泣いたり笑ったり。
変な生き物だ。でもだからこそ、愛おしく尊いのではないのだろうか。
近年地球を脅かす大型台風、集中豪雨、地震など、自然の猛威は止まる所を知らない。農業への影響もたくさんあり、人知の及ばない偉大な大自然を前にしたら、人間の悩みなんてちっぽけなものに感じてしまう。そして自然は人を恐怖と驚異に陥れるけど、その反面心を癒したり、穏やかな気もちにしたり、そんな作用も確かにある。毎日自然と向き合い、その恩恵を多大に受けている農家の私は身をもって体験している。悩みや苦しみは、捕らえ方ひとつで変わるし、意識の持ちようで前向きになれたりもする。だから、みんな満月や自然のせいにして、のんきな気持ちで、「まあ、しょうがないか!」と受け流す術も、たまには役に立つかもしれないよ。
しつこい雑草と戦いながら、自然のしぶとさに抗えず打ちのめされながらも、すかっと晴れた清々しい秋空の下で、大自然の包容力に包まれながら、今日も私は息子の帰りを待つ。
***
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