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祖母のリンゴ煮


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:石川サチ子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「リンゴ、煮たんだけど、食べっか?」
奥の部屋から台所に来た私に、祖母が言った。
私は、里帰り出産で実家に帰省中だった。
両親は朝から留守だった。
調理台のほうを見ると、大きなボールから剥いたばかりのリンゴの皮が溢れていた。
コンロを見ると、大鍋がかけてあった。
鍋の中を見ると、大量のリンゴ煮が出来上がっていた。
コンロの周りは、りんごが煮えている間に、蒸気と一緒に吹き出た糖分でベタベタしていた。
 
「おばあちゃん作ったの?」
「うん」と、顔をしかめて少しいたずらっぽい表情で祖母は頷いた。
 
祖母は85歳を過ぎていた。
 
元気のように見えたけど、記憶力が徐々に怪しくなっていた。コンロの火を消し忘れをすることが多くなっていた。
それで、両親は、ガスコンロからIH式に換えた。それでも祖母がヤカンを火にかけて忘れてしまい、火事になる寸前だった時もあったようで、両親から、「誰かが見ている時だけしか料理をしてはいけない」と固く言われていた。
 
それなのに、両親が留守で、私も奥の部屋にいる間、一人で黙々と大量のリンゴの皮をむき、コンロに火をかけ、コトコトとリンゴを煮ていた。
それだけリンゴを食べたかったのだろう。
 
祖母の実家は、リンゴ農家だ。小さい頃から、リンゴを食べて育った。好物はもちろんリンゴ。しかし祖母は入れ歯だったので、堅いリンゴは苦手だった。だからリンゴは煮て食べていた。
 
私は、リンゴは堅いシャキシャキした生のものが好きだった。わざわざリンゴを煮て食べるのは苦手だった。
それでも、祖母がせっかく作ったリンゴ煮だから、「うん、食べてみる」と答えた。
 
祖母は嬉しそうに笑って、小皿にリンゴ煮を盛り付けて、お腹の大きな私に運んできてくれた。
リンゴ煮を一口食べた。
「うめがんべ(美味しいでしょう)」祖母が聞いた。
 
いや、甘い。甘すぎる。甘党の祖母は砂糖をたっぷり入れていた。
桃の缶詰のドロドロしたシロップの中に入った桃のような甘さだった。
 
祖母には、「美味しいけど、甘すぎ」と答えた。
 
一皿食べ終えると、祖母は「どれ、もっと持ってくっか?(もっと持ってこようか?)」と空になった私の皿に手を伸ばした。
 
私は、「もういい」と答えた。
 
残念そうにする祖母に、言った。
 
「病院の体重管理が厳しくて、こんなに甘いの食べたら、体重がすぐに増えてしまって、看護婦さんに怒られてしまう」
 
祖母は、「これくらい、太るわけねーだろー」と言った。
 
私は、「妊娠したら食べ物の吸収が良すぎてすぐに太ってしまうの」と強く言い返した。
 
夕方、両親が戻ってきて、台所のコンロの大鍋に入った大量のリンゴ煮を見て驚いていた。祖母は、こっぴどく怒られていた。
 
それから一ヶ月もしないうちに私は、予定より3週間も早く子どもを出産した。
 
出産した翌朝、祖母が一人でバスに乗って病院までやってきた。
両親と一緒の車で来るはずだったのだが、待ちきれず、朝一番のバスで駆けつけた。
 
「お父ちゃんとお母ちゃんと一緒に来ると、あっち行ったりこっち行ったり、寄り道してなかなか、ここまでたどり着けないから一人で来た」
 
どうしても早く赤ちゃんを見たかったのだろう。赤ちゃんと対面すると安心して、私のベッドの横の窓際にヘロヘロと腰を落とし、冷たい床にお尻をつけて座った。
 
1ヶ月ほど実家のお世話になって、赤ちゃんと一緒に千葉にあった自宅に戻った。
 
それからすぐのタイミングで、祖母が大腿骨を骨折したという連絡をうけた。
老人会のバスツアーで、温泉にいったとき、バスの出口の踏み台から雪道に片足を降ろした瞬間に、滑らせて転倒してしまった。すぐに病院に運ばれ、大腿骨を骨折していたのが分かった。
 
それから、祖母は手術をした。退院しても、歩くのがままならなくなった。
一日のほとんどをベッドの上で過ごし、台所で料理などできなくなった。
 
自宅に戻って数ヶ月後、子どもの離乳食を始めた。
子どもの離乳食に、リンゴを自然塩で煮たものを作ると、塩味が利いて、リンゴの自然な甘さが引き立って美味しかった。
 
歯の生えそろっていない子どもは、喜んでペロリと何皿も食べた。
 
「これ、おばあちゃんにも食べてもらいたい」と思った。
 
今度帰省するときにはリンゴ煮を持って帰ろうとと決めた。
 
「このリンゴ煮だったら、塩しか入っていないから太らないはず、今度会ったときに、祖母に教えてあげよう」とも思った。
 
しかし、それからまもなく、祖母はベッドから起き上がることなく他界した。
 
あの甘ったるいリンゴ煮が祖母の最後の料理だった。
 
あれから16年。
 
今年もリンゴの季節がやってきた。先日、スーパーで、袋詰めされたりんごを見つけた。思わず手に取って、かごにいれた。
 
「さて、今日はリンゴ煮を作るぞ!」
 
りんご煮を作る度に、あの衝動的な祖母の行動を思い出す。
 
リンゴ煮が食べたければ、ダメだと言われていても作り、生まれたばかりの赤ちゃんに会いたいと思えば、ダメだと言われていたのに一人でバスに乗ってまでやってくる。
 
子どものような自分の気持ちに素直な衝動的な行動。優しくていたずらっぽい祖母の笑顔。
 
わが家のリンゴ煮にはそんな祖母の記憶がいっぱい詰まっている。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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