メディアグランプリ

「体重増加不良」と判定されて


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記事:坂東 愛(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「体重増加不良」
 
母子手帳に書かれた言葉に、頭の中が混乱した。
 
えっ?
前回の検診から3回も助産師にちゃんと量ってもらってるけど、体重は気にしなくてもいいって言ってたじゃない?
体重減ってるけど、頻回授乳すれば大丈夫って言ったじゃない!
 
ぼうぜんとする私に、先生は告げた。
 
「お母さん、すぐに離乳食を始めましょう」
 
6か月検診のために足を運んだ小児科で私が突きつけられたのは、出産直前に引っ越した市の行政サービスのずさんさだった。
 
もう、離乳食?
そもそも、この先生だって「あそこの母乳外来行ってるなら大丈夫」って言ってたよね! 信じていいのかな?
 
混乱しながらも、ある思いがわきあがってきた。
「私は子どもを守りきれなかった。母親失格だ」
 
家に帰り、いつものように母乳、そしてミルクを与えた。
一生懸命に哺乳瓶をくわえている子どもを見ていたら、涙が止まらなくなった。
 
もともと、私は完全母乳で子どもを育てようとしていたわけではなかった。
福島の原発事故後、ホットスポットと呼ばれる地域で妊娠したため、母乳だけをあげることにリスクを感じていた。
けれども、出産した病院の指導どおり、混合で育てていたら、いつのまにか
ミルクを足す量が増えてしまった。そしてあるとき、母乳だけでは泣き止まないわが子にいつもどおりミルクを与えると、はっきりと気持ち悪そうな顔をしてミルクを飲むのを止めたのだ。
 
もっと母乳が出たら。こんな思いをさせないで済むのに。
子どもに対する申し訳ない気持ちがきっかけになって、私は引っ越し先の母乳外来の門をたたいたのだ。
 
母乳外来の助産師は、自分の親と同世代かと思われる年配の人だった。診療時間ぎりぎりに駆け込んだにもかかわらず、マッサージをすると私の方にはさほど問題がないと告げた。そして、
 
「月齢のわりには体重が増えすぎているから、ミルクを足すのは1日3回までにしてね」と言われた。
 
子どもが気持ち悪そうという直感が、思い過ごしではないとわかり、私は心の底からほっとした。しかし、これが地獄の日々の始まりとなる。
 
「なんで寝ないの……」
毎回の授乳が2時間かかるようになった。
授乳していても、寝る気配をまったく見せない。
しまいには母乳を拒否して、ギャン泣きを始める。
ミルクを足せるのは3回まで。足せないときは泣き疲れるまで寝ない。
そうこうするうちに、次に授乳の時間がやってきて、完全に私は他のことができない状態になった。
 
母乳外来を受診してから、すぐに小児科で3か月検診。
その後も、市の助産師の訪問サービス、4か月検診と、子どもの体重は緩やかに落ちていった。それでも、母乳外来の指示の話をすると、「あそこに通っているのなら気にしなくても大丈夫よ」と、みな一様に笑顔で答えるのだった。
 
5か月を迎える頃には、子どもは明らかにやせてしまっていた。
 
心配になった私は、再び母乳外来を訪ねた。その日いたのは、別の助産師だった。体重を量ると1キロ近くも減っていた。それでも、その助産師はミルクの量を増やしたいという私に難色を示した。子どもが1日中泣き止まないと食い下がると1日8回まで、ミルクを足していいと言った。
 
それから2週間経って、6か月検診を迎えた。子どもの体重はほとんど増えていなかった。
 
ワンオペ育児で心身ともにボロボロだった。
けれども、子どもの成長が異常事態であることがはっきりとわかった以上、黙ってやり過ごすわけにはいかない。私は寝不足の身体にムチを打って、片道2時間近くかけて、都会を目指した。
 
産前に住んでいた街で参加していた、助産師の先生が主催するヨガクラスに向かったのだ。
 
久しぶりに再会した先生は、私の話を聞き終えると開口一番こう切り出した。
 
「助産師のひとりとして、本当にごめんなさいと謝りたい」
 
そして、子どもに向き直ると、言った。
「ちょっとごめんね。いつもはしないんだけど、今日は特別」
 
と言いながら、子どもの顔をマッサージしはじめたのだ。
 
「お母さん、ちょっとおっぱいあげてみて」
 
子どもにおっぱいをあげてみると、生まれて初めて、ごくごくと音を立てて飲んだのだ! そして、しばらく飲み続けると、ごほごほ、と、むせた。
 
「お母さんのおっぱいが出てなかったわけじゃなくて、赤ちゃんのお口がゆがんでて上手に飲めなかったのよ!」
 
子どもが産まれてから半年、ずっと悩んでいたことが、ウソのようにすっと消えた。電車での帰る2時間の道中、子どもは1度も起きることなくスリングの中で眠り続け、私も久しぶりに、心穏やかな時間を過ごすことができた。
 
コロナ禍の現在、産後、ほとんど外出することなく子どもと向き合っているお母さんが多いという話をよく耳にするようになった。
 
その話に、当時の自分を重ね合わせ、ちくちくと胸が痛むのだ。
 
ひとりとして同じ人間がいないように、子どもの成長するスピードも、それぞれちがう。育児書やネット、ときには専門家でさえも、すべての子どもに合った育児を提案することなんて、不可能なのだ。
 
情報どおりに、アドバイスどおりにできなくたって、いい。
無理して自分や子どもを合わせるのではなくて、自分たち親子に合った育児を見つけていけばいい。
 
体重増加不良だった子どもも、幼稚園からはほとんど休むことなく、今日も元気にごはんを食べて、ちゃんと生きている。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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