メディアグランプリ

子どもが育つために必要な食べ物と、その原料の話


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鈴木かおる(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「マジでトイレくらいゆっくり入らせて……」
 
やっとのことでたどり着いたお手洗いは、座るや否や、
「かか~かか~」
ドアの外で、2歳の次男が私を呼んでいる。
続いて、ガチャガチャガチャガチャ、と、ドアノブを回す音。
ホラーか。ホラー映画なのか。
 
母のことを「かか」と呼ぶ子ども。
それを知るとたいがいの人は「かわいいね~」と言う。
しかし今は……追いかけてくる声が夢に出そうだ。
 
かたや5歳の長男は、目にした順で移り気に遊び始めるから、
工作道具は散乱し、鉛筆の削りカスは床に落ち、ガチャのカプセルは転がったまま。
そして悪気なく夕飯を残しながら、
「かかのごはんより、保育園の給食のほうがずっとおいしいなぁ」とぼやく。
 
むなしい。
 
朝早く起きて家事して、皆を送り出した後ぎりぎりまでまた家事して、
在宅で仕事して、終わるや否やお迎えに行って、保育園からの5分の道のりを、
もっと遊びたいと45分かけて帰ってくることもしょうがないよなと割り切り、
時に病院連れて行ったり習い事に連れて行ったり。
日々カツカツになりながらがんばっているんだけどなぁ。
「給食のほうがおいしい」と言われるだけで、むなしさがつきまとう。
 
私の時間は、日々に忙殺されている。
貴重な時間が、家事と子どもに侵食されている。
そう思って、なんだかずっとイライラしていた。
 
あの言葉を聞くまでは。
 
母になって5年。
しかも、2児の母ということで、それなりに周囲からはベテラン扱いされるのだが、
全然そんなことはない。
 
最近ホントに余裕がない。いったいどうしちゃったのだろうか?
 
まだ子どもが長男だけだった頃、
早寝だった彼のおかげで、20時過ぎにはすっかり自分の時間がスタートしていた。
読みたい本を読んだり、ストレッチしたり、やりたいことをやってなお、
睡眠時間も確保できて、日々リフレッシュして朝を迎え通勤していた。
 
しかし次男を妊娠してから、1人で寝ていたはずの長男に、
「かかと一緒に寝たい」と言われるようになり、
あー赤ちゃん返りだね、一過性一過性~と高をくくっていたら、
もう3年近くそれが続いていて、というか、
むしろ次男の寝かしつけとともに定着してしまい、
夜起きるつもりがそのまま寝てしまうことも多く、
自分の自由な時間が全然確保できなくなってしまった。
 
世の親たちはもっとずっとうまくやっているんだろうか?
SNSにあふれる幸せな投稿、成功事例。
私だけがこんなにもダメなんだろうか?
 
ああ、私こんなところで何してるんだろう。
部屋は散らかり、ひとつとして自分の思い描いていた手順通りに物事が進まない。
進もうとする足元に、子どもの手足が絡みつく。
 
ついつい大きな声で、
「歯磨きどうした!」
「もう21時だよ!」
「部屋汚すぎー!」
「私の時間をとらないでー!」
と叫んでしまう。
 
このまま、自暴自棄になって全部抱え込んで爆発し続けたら、
子どもの心に癒えない傷をつけてしまう。
危機感が募ったまま、どうすればいいかわからずにいた。
 
あの言葉を聞くまでは。
 
ある日。もう、いかんともしがたい、叫びすぎてヤバイと思い、
友人たちとの会話の中で、私の現状を告白した。
 
そうしたら、あるひとりの友人が言った。
 
「子どもって、大人の時間を食べて大きくなるんだって」
 
雷に打たれたような気がした。
 
私はずっと、私の時間が子どもに侵食されてつらい、と思っていた。
でも、思い出していた。
 
朝方、大泣きしている次男。
「暗いのが嫌だった?」
「どこか痛かった?」
「お茶飲みたい?」
「絵本読むのかな?」
まだ自分の感情をうまく伝えるすべを持たない彼に、
じっくり時間をかけて話しかけていったら、スっと涙がおさまっていったことがあった。
じっくり、といっても、ものの5分ほどだ。
 
彼はわたしの時間をむしゃむしゃして、気持ちを落ち着けて、
ひとつ大きくなったのだ。
 
子どもが食べる大人の時間は物理的な量じゃなくて中身だと思えたし、
今の私は、その「5分」すら厭うほどに、余裕がなくなっていたことに気づいた。
 
そして、私に足りなかったものを、思い出した。
 
すぐに、有給休暇を申請した。
 
そういえば、コロナ禍で在宅勤務になる前は、
よく自分のために有給休暇を取っていたのだ。
 
在宅勤務になって、
なまじ「家にいる」からリラックスできてるでしょって思いこんでいたけれど、
「家にいる」だけで「仕事している」のだから、
全然身体も心も休まっていなかったのだ。
 
8か月ぶりに髪を切り、お気に入りのお店でピアスとバッグを新調して、地下鉄に乗った。
ザワークラウトがのったホットドッグとアイスコーヒーをおともに、銀幕で映画を見た。
最早何か月ぶりかわからない。
 
その映画は言う。
 
「家族って何だろう?」
 
親にありがとうを伝える珍しい映画だった。
息子である監督が、母の背中を追いかけている、という映画に思えた。
シンプルに、心に染みて、涙が出た。
 
私はこんなふうに、息子たちに「追いかけたい」と思われるような、
大人の背中を見せられているだろうか。
 
……。
そうして、自分のために確保した時間は、しっかりと自分を満たしていった。
 
私は、自分の時間が周りに侵食されていることばっかりに気を回して、
自分のケアを怠っていたのだ。
 
自分で作った時間で、私は満ちることができる。
満ちた自分は、子どもに食べられてじゅうぶんな時間を差し出せる。
 
私は知っている。子どもとともにすごせる時間は、期間限定だということを。
 
あふれる前に声を出そう、自分をケアする時間をとろう。
そして、子どもとともにすごす時間の原料を満たしていこう。
 
映画を観終え、足早に2人をお迎えに向かう道すがら、そう思った。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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