息子よ、ストライダーで幹線道路は走れないよ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:吉田けい(ライティング・ゼミ特講)
「ゆーたん、ストライダーで、いく!」
三歳の息子は、おでかけの前にかなりの確率でこのセリフを口にする。ストライダーとは幼児用のペダルのない二輪車で、またがって地面を蹴って進み、二輪車走行のバランス感覚を楽しめるという遊具だ。私の親友から、子供が大きくなって使わなくなったからとお下がりをいただき、上手に乗りこなせるようになると、どこへ行くにもストライダーで行く、と言うようになった。幼児用の乗り物なのにかなりのスピードが出るので、公道で乗り回すのはあまり好ましくない。禁止されている公園もある。なので、日常的には家の周りをぐるぐる回るくらいしか楽しむことが出来ない。なので、おでかけ先までストライダーに乗り、よりストライダーライフを充実させたいと三歳児が思い至るのは、自然な発想と言えた。
「ストライダーでいく!」
言葉が達者になったと言えど、まだ三歳。散歩や買い物中に、繋いでいた手を振りほどいて走り出すなどしょっちゅうだ。交通ルールもなんとなく覚えてはいるが、守れるかというとまだまだ危なっかしい。徒歩でも危ないのに、ストライダーなんてスピードが出る乗り物はもっと危なっかしい。私は彼の言い分を冗談と受け止める路線で聞き流していたが、息子は来る日も来る日も言い続けた。
「ストライダーでいこう!」
「……じゃあ、ヨーカドーまで一緒に行ってみようか」
ある日根負けして、ストライダーで出かけてみることにした。目的の大型スーパーまで、私の足で徒歩十分かからない程度。息子と一緒に歩けば、あちこち発見やら寄り道やらするので、三十分かからなければ御の字といったところか。念願のストライダーでおでかけと聞いて息子は飛び上がって喜び、さっそく庭をくるくると走り出した。かなりのスピード、小走りではとても追いつけない、本気で走らないと間に合わない。スーパーまでできるだけ車の通りが少ない道を選ぶつもりで入るが、そこも全く通らないわけではない。その時、すぐそばまで確実に追いついていないと危ない……。考えた末に、徒歩での伴走ではなく、電動アシスト自転車による声掛けをしながらの並走をすることにした。
「ゆーたん、いい? ストライダーはとっても早いから、とっても危ないの。ママが止まって、とか、はじっこに寄って、って言うから、その言うことちゃんと聞けるかな?」
「うん、きく!」
「よし、じゃあ行こう!」
「れっつごー!」
威勢の良すぎる返事に一抹の不安を覚えつつ、息子との初めてのサイクリングに出発した。「ゆっくりゆっくり、そこの線で止まるよ!」「車が来たからはじっこで止まる!」「よし行こう!」電動アシスト自転車は馬力こそあるが、躯体息子は想像以上に私の指示を忠実に守り、車が来ないか確認をし、慎重に道路を横断した。指示の出し方がなんとなく昔飼っていた犬との散歩を思い出させてだんだん笑えてくる。犬、もとい息子は真剣な表情でサドルを握り、地面を蹴って、大好きなスーパーを目指して、三歳児には近からぬ距離を完走した。
「ゆーたん、ヨーカドー着いたね!」
「…………」
息子は私の電動アシスト自転車の横にストライダーを横たえると、無言で両手を掲げて見せた。抱っこしろの合図だ。張り切って出かけたものの、相当疲れたのだろう。スーパーそのものに用事はない、事のついでに牛乳一本でも買えばいいかという程度なので、何も買わなくても問題はない。私は米袋より重い息子を抱え上げ、他愛ないおしゃべりをしながらスーパー周遊ツアーをし、フードコートでジュースとアイスを買ってやる羽目になった。息子は大満足の表情でどちらもぺろりと平らげ、帰りは自転車で帰るといい、子供座席に乗って帰宅した。万一を想定してストライダーをくくる紐を持ってきていて本当に良かった。その日は寝つきもよく、相当疲れたことが見て取れた。
ストライダーで遠出は大変だって、これで息子も分かったかな。
今度、ストライダーで遊べるあの公園に連れて行ってあげよう。
そんな風に考えていた数日後。
「なかやま、ストライダーで、いく!」
きらきらとした目で、車で三十分はかかる私の実家の地名を叫ぶ息子。幹線道路を通って、あそこを曲がってそこを渡って、電動自転車で行ったとしても相当苦労するだろう。
「……ゆーたん、ばあばのおうちはとっても遠いから、ストライダーは無理だよ」
「ストライダー、びゅーんっていくから、だいじょーぶ!」
期待と自信に満ち溢れた顔。
そうか。
ストライダーは、息子にとって、初めての乗り物なんだ。
車も自転車も、息子にとっては大人に運転してもらう乗り物だ。手押し車も三輪車も、乗る楽しさはあれど、歩く速度と大して変わらない。彼が乗ることができる乗り物で、ストライダーだけが唯一、彼が歩くよりも早く、自在に操ることが出来る乗り物なのだ。私が初めてそんな乗り物を手に入れたのはいつだっただろう。初めて自転車に乗れるようになった時。運転免許を取って、初めて親の車を運転してみた時──。
楽しかった。素敵だった。
どこまでもいけると、世界が広がったような、逆に小さくなったような、不思議な感覚。
「ゆーたん、ストライダーでばあばの家まで行けると思ったの?」
「うん!」
「ビューンって、速いから?」
「うん!」
私が否定しなかったことにだろうか、嬉しそうに頷く息子。
大人の目線では、無茶で実現不可能なことを言っていると瞬時にわかってしまう。そうしてやる前から諦めてしまったことばかりがどんどん増えてくる。どう見ても失敗する、どう考えても成功しない、明らかにそうなのだけれど、やってみたい、もしかしたらできるかもしれない、そんな風にワクワクさせてくれることそのものが、かけがえのない素晴らしい経験となると知っていたはずなのに、いつの間にか自分自身の可能性を狭めてしまっている私。
対する息子の、純粋に自分の可能性を信じている、真っ直ぐなまなざし。
「……そうかあ」
この目を見たら、ダメだよと言えないじゃないか。
「ストライダーで、ばあばのおうち、いく!」
「そうだねえ、行けたらいいねえ」
車で三十分の道のりを、本当にストライダーで行くわけにはいかないけれど、彼が今まさに感じている万能感を、できるだけ尊重してあげたい。そう思って、ひとしきり息子の野望に共感し、なんといったものかと頭を悩ませるのだった。
結局、荷物が多いから車で行くよ、と説得し、無事実家へと出発した。
***
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