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「自分は絶対に事故を起こさない」と信じている君へ

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:安川美佐子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「もしかするとやけど、公務執行妨害がつくかもしれん」
深夜の名神高速道路の事故現場で実況見分をしていた高速道路交通警察隊の小柄な警官が小声でつぶやいた。
思いがけない言葉に顔を上げると警官は気まずそうにうつむいてしまった。
 
15年前のその日のことは今でも鮮明に覚えている。
 
いつものように遠方の顧客の現場で調査をした帰り道だった。
空いている夜の高速を走りながら、やれやれ、今日中に家にたどり着けるかなと、呑気に考えていた。
 
いきなり前方からフロントライトに照らされた人の姿が目に飛び込んできた。
 
まさか。ここは名神高速。夢なのか。居眠りしてるのか。
いや。本当に人だ。何かを振り回して向かってくる。
急ブレーキ。目の前に棒。見えたと思ったら「バキシャッ」と破壊音。一瞬にして視界が真っ白に。
すぐに車は完全停車した。バックミラーを見る。誰かが転んでいる。はっきり見えない。後続車はない。真っ暗だ。
 
ハッとしてハザードランプを点灯させる。手が見たことないほど震えている。
フロントガラスが真っ白にひび割れていた。こんなの初めて見た。
誰かが走ってきて車にぶつかった。その事実が私を直撃した。
「どっどっどっどっどっどっどっど」
心臓が全力疾走したかのようににぶい音を立てて跳ねている。耳の中で血液の流れが感じられるほどに熱い。
ほんの数秒だったけれど完全にパニック状態だった。もう一度バックミラーを見ると真っ暗な道路しか見えない。さっき転んでいた人はもういない。
車の外へ出てみると、みるみるうちに大勢の高速道路交通警察隊の人たちと赤いランプが回転する警察車両に囲まれた。たくさんのヘッドライトが白く輝いていて眩しい。発煙筒が焚かれて煙たい。
「なんだろ、この状況は。ドラマみたい。実録ノンフィクションみたい」
まるで現実感がなくてふわふわする。今までの私は交通事故の現場の横を通理ながら横目で見ている人で、これからもずっとそうだと思っていた。
まさか自分が見られる人になるとは思わなかった。
そのうち警察隊の人たちはそれぞれ散って、一人の警官と取り残された。そして「公務執行妨害」という、およそ人生に関係ないと思っていた言葉を耳にした。
 
事故現場の実況見分が終わり、誘導されるままについていくと高速道路交通警察隊の事務所だった。
広々とした明るい事務所で二人の警官と話す。穏やかで優しく落ち着いた口調だ。事故を起こした時どう思ったか、車と人との間の事故についてどう考えているか、尋ねられた。
ここまで来たら、腹を決めて正直に答えるしかないと思った。
 
高速道路なので人が走ってくるとは思わなかったけど、こちらは車で人を傷つけるものだから、想定外だけど事故とはそういうもので、予測しなかった自分に非があると思う……
 
話ながら、どんな結果も受け入れようと心に決めた。
その警官はもう一人の上官らしき警官に相談し始めた。
「初めてのことですし、反省しています。スピードも出していなかったようなので……」
不利にならないように話してくれているように思えて、どうなるかわからない怖さが少しだけ和らいだ。加害者の私のことを考えてくれる人がいると感じて、正直嬉しかった。
 
そこへ、腕を三角巾で吊った長身の警官が入ってきた。すぐに事故の相手の警官だと気づいた。
思わず跳ねるように立ち上がってひたすら頭を下げた。幸い打ち身で骨には異常なかったそうだ。転んで受け身をとった際の擦り傷もあると、やや怒気をはらんだ口調だったけれど責められはしなかった。
そのうちに、自走できるならもう帰っていいよ、と告げられた。
戸惑っていると、免許証の点数はひかれるからこれからちゃんと気をつけてね、とだけ言われてドアを閉められた。あっさりと無罪放免されて拍子抜けしながら車に乗り込んだ。
自分の車、自分の空間に戻れて不思議な感じがした。
 
空は明るくなっていて太陽のぬくもりが沁みる。真っ白にひび割れたフロントガラスを通して見える朝の道路。通りすがりの人たちが二度見してくるけれど気にならないくらい疲れていた。
普通に運転して自宅に帰れる。そのことが何より嬉しくて、ありがたくて、大事にならなかったことが幸運とただただ感謝しながら家に帰った。
 
その後、社内で「高速道路で警官を轢いたが無罪放免された女」と、事実のエッセンスを飛び越えた噂が広まった。噂好きな後輩たちの悪ノリには苦笑いするしかなかったけれど、真面目に伝えた。
 
自分は絶対に事故を起こさないと信じている自分に気づいたら、私のことを思い出してほしい。
車はどんな時も走る凶器だということを。だから運転手は何があっても正気でいるといい。そして、何かあった時はただ、正直でいるといい、と。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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