爪先ワンダーランド
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:晏藤滉子(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
「ねえ、見てみて!」
仕事を通して顔馴染みになった女性が、得意気に私の目前に両手を広げた。
彼女は私と同い年。月に一度くらいは会いに来てくれる。
同い年でとてもサバサバした雰囲気、幾つになっても好奇心旺盛で精力的な女性だ。
「また、何か見つけたんですかー?」
私はそう言いながら、彼女がこれ見よがしに広げた両手、その爪先をみると、
素敵なネイルがキラキラ輝いていた。
「キレイでしょ。友達のお嬢さんがネイルサロン開いたからって。
お祝いついでにキレイにしてもらったの。でもね……ホント良いのよ!
キレイな爪先がいつも視界に入ると、何だか免疫あがるって感じ♪」
彼女曰く、長年ネイルは生活の邪魔になりそうでしたいとも思わなかったらしい。不器用だし自分で塗るのも無理に決まってるし……と始めは躊躇していたらしいのだが、今ではノリノリだ。
指先がキレイって良いなと思う。
彼女らしい短めの爪先にきらめきが宿っているようだった。
男女問わず、ある程度の年齢になると、関心事は「健康関連」になる。
如何に健康体で美味しいものを楽しみ、行きたいところに出かけていくか。
同世代が集まると、一回はこのテーマが上がってくるような気がしていた。
つまり、如何に免疫を上げて、病気を避けて充実した人生を送るのかは最重要任務なのかもしれない。
「免疫があがるのか……」
私の心の中で、そのフレーズが繰り返された。
どうも「ネイル」という未知の世界と、「免疫」というフレーズが私の心の琴線にふれてしまったようだ。
色々調べてみると私のネイルに関する認識は相当古いものだと気づいた。
学生時代、セルフネイルしたのはポリッシュという塗料を使ったマニキュアだった。
なかなかキレイに塗れないし、乾く前に何かに触ったら即アウト。
外出直前には到底取り掛かれない手仕事だ。
それに洗い物や掃除の時には素手ではすぐ剥がれてしまう。
不器用な私にとってハードルが高く厄介な代物だった。
一方、現在サロンで人気があるのはジェルというゲル状の樹脂を硬化させるタイプ。自爪をコーティングするイメージだ。その為、風合いも長持ちするし、お皿だって素手で洗えるらしい。難点は特殊な器具と技術が必要で、不器用な素人がいきなり手を出すものではないようだ。
「免疫が上がるし、フライパンだって素手で洗える……やるしかない!」
自分の中では既に決まっていた。
施術をお願いするネイルサロンは程なく決定した。
お店選びなど、動物的勘が鋭いことはこういう時にとても役に立つものだ。
ネイルデザインをsnsで眺めていた時に、不意に閃きが降りてきた。
これが実現したら、面白いだろうな……ある意味ネイルを通しての人体実験だ。
その実験とは、心理学と繋がりのあるもの。
当時の私は心理学に没頭していた頃だった。
そこでは「アンカリング」という見慣れない言葉と出会った。
アンカリングとは船舶の「いかり」が由来。心理学や経済学でよく使われている。意味は、 特定の刺激(体感覚)を引き金として、意図的に最高な記憶を呼び起こすこと。
A(体感覚)をすることで、同時にB(最高のイメージ)の記憶が蘇るという設定をする。 一見難しそうなアンカリングは結構身近な存在かもしれない。
例えば、ラグビーの五郎丸選手はキック前に独特のポーズをとることで有名だ。
フィギュアスケートの羽生結弦選手も音楽がスタートする直前は祈るような仕草を必ずとる。
ここ一番の場面で「決められた行動=ルーティンワーク」によって、
最高な時の記憶を自ら呼び覚ます。
トップアスリートはこの「アンカリング」を実に上手く使っている。
また、日常生活においても身近な存在。
「ゲン担ぎ」もアンカリングと似たような捉え方だ。
大事なプレゼン前、ランチは絶対あそこの店へ行く、
出勤時、あの電車のあの席に座れるとラッキー
受験の前夜は「とんかつ」を食べる
いつの間にか、やっているのが「アンカリング」なのかもしれない。
私の閃きは、ネイルデザインをアンカリング(視覚の刺激)とし、
自分のポテンシャルを発揮できるようにする実験だ。
日本的に表現すると「願掛け」に近い。
当時の私が考えていたのは、先に一ヶ月間の「頑張りどころ」「目標」をピックアップし、それを表す目印を設定する。ネイルは大体3~4週間周期でチェンジするので短期目標は設定しやすい。
目印とは、色、モチーフ、アクセント、石など自分だけが理解する目印を決める。一番大事なのは、この「願掛け」をした時の決意と、目印が視野に入った時に直ぐ気づくようなものを選ぶことだ。
初めてのネイルサロンは敷居が高く、正直ドキドキした。
初めてのネイルオーダーは
「薬指の爪先にワインレッド。そこにキラキラする石を入れて下さい!」
私の場合、自主企画のワークショップが成功するように。
それをイメージし、考えに考えた目印は「ワインレッド」と「輝く石」だった。
きっと、一見さんなのに怪しい客と思っただろう。
幸いなことに、それを面白がってくれたネイリストさんには感謝だ。
余談になるが、今でも相変わらずネイルオーダーはこの方式でお願いしている。
ネイリストさんも慣れたもので「今月のお題は何ですか?」と声をかけてくれる。
楽しい初体験の中、出来上がったネイルは想像以上。大満足だった。
目印もネイリストさんの手に掛かればキレイにまとめて貰える。
何より自分の指先が華やかに見えるのはとても新鮮でときめくものだ。
車のハンドルを握る時も、食事の時も、仕事をする時も
常に指先は視界に入ってくる。
メイクや、ヘアスタイルなど「美しくなるための手段」は色々あるけれど、
それは鏡越しに確認するもの。一日の終わりにはオフするものなのだ。
実際、四六時中自分が直視することが出来るオシャレって……ネイルだけなのかもしれない。
少なくとも約一ヶ月の間、そのアンカリングという目印は私に奮起を促した。
ちょっとした瞬間、合間にワインレッドの爪先が視界に入ると、
「あの時の気持ちを忘れないで!頑張って!」と喝を入れられているような気がしたものだ。否応にも視野に入る影響力は確かに強い。
ある時、私にネイルを勧めてくれた彼女が仕事場に顔を出してくれた。
お互いのネイルを見て大盛り上がり。
そして合言葉のように……
「ネイルって免疫あがるよねー!」
やはり、私達はそこに落ち着くようだ。
***
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