ケヤキの木々にみちびかれて
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:リサ(ライティング・ゼミ平日コース)
「まあ、ただのテレビの電波塔だよ」
「展望台も、そう高くないし」
「どこからでも見えるから、わざわざ行くほどでもないよ」
テレビ塔は、名古屋のおすすめ観光スポットなのかと聞かれたら、こう答えてきた。名古屋には他にもたくさんの名所がある。本丸御殿が復元された名古屋城、世界で初めてアカウミガメの屋内繁殖に成功した名古屋港水族館、子連れなら、東山動植物園やリニア・鉄道館、大人旅には、徳川美術館や熱田神宮……。
アナログ放送が終了し電波塔の役目を終えたここ数年のテレビ塔は、存続の危機をささやかれるほどだった。集客をふやそうと、レストランウェディングの会場を設けたり、展望台でイベントを開催したりと盛り上げに奮闘するも、人気スポットと呼ぶには程遠かった。
そのテレビ塔と公園一帯の再開発がはじまったのは、一年半ほど前。
ある日突然、当たり前のように目にしていた都会の森が一斉に工事用フェンスで被われると、なんとも落ち着かない気分になった。
囲いの間から中を覗き見ながら、もう一度、じっくり散策してもよかったかもしれないなと思った。
今から30年ほど前、テレビ塔の北側は、学生に大人気のデートスポットだった。ケヤキ並木の中に、一定の距離をあけてベンチが並んでいて、夕方になるとカップルたちによる争奪戦が繰り広げられた。
大きなケヤキの木々は、ビルの人混みからそこだけをさえぎり、静かな別世界を演出していた。何より、タダで何時間もいられる。お金のない高校生や大学生たちの取り合いにならないはずがない。
かくいう私も、一度だけ、そのベンチに座ったことがある。相手は、ストリートミュージシャンの男子高校生だった。彼とその友人は、毎週一回、テレビ塔の下でギターの弾き語りライブをしていた。10年早く生まれた「ゆず」というような雰囲気のデュオで、私は必ずや大スターになると信じていた。部活もそこそこに毎週のようにライブにかけつけ、同い年だとわかってからは雑談などもする仲に。そんなある日、向こうから声をかけてきたのだ。
晩秋の肌寒い夕方だった。
彼は、ケヤキの葉を払いのけて私を隣に座らせると、「これはまだ誰にも聴かせていないのだけど」と言って、ハミングをしながらギターを弾いた。私は、一音も逃すまいと全神経を集中した。「もっと聴く?」「うん」手足の感覚がなくなるほど凍えてもなお、一心不乱に耳を傾け続けた。
キスもした……。しかし、その後のことはあまり思い出せない。
彼にとってはただの気まぐれだったのだろう。が、私はさらに夢中になって、ただ聴いていられたら幸せという以上の幸せを求める気持ちが芽生えてしまったのだと思う。再び遠巻きのファンの一人になったときの悲しさや、ちっとも目をあわせてくれない虚しさだけが、今でもかすかに胸に残る。
そうして10年20年と経つうちに、そのあたり一帯は、私の失恋を被い隠すかのように、じょじょにうっそうとした森になっていった。こうもりやネズミに出くわすという噂も、足を踏み入れなくなったことへの言い訳になっていった。
この秋オープンした新しい公園は、「Hisaya-odori Park」または「ヒサヤオオドオリパーク」という表記で、ネイティブと、片言の日本語を話す外国人にしかうまく発音できないような名前になった。連日報道されるテレビの映像に、以前の面影は全くなかった。テレビ塔の真下のあたりは、こうもりやネズミはおろか、蚊ですら遠慮しそうなほどにファッショナブルなブランドショップが立ち並ぶ。
ふと足が吸い寄せられたのは、そのエリアの北側にケヤキの木々が見えたからだ。すべて切り倒されたのだと思っていたが、そばまで行ってみると、一面の芝生を挟み込むようにして、間伐を経た美しいケヤキ並木が残されていた。私は、丁寧に幹まきをほどこした木々のそばを愛しむようにゆっくりと歩いた。つきあたりには、天狼院書店の運営するカフェがあり、窓際の席にすわってみると、一直線の視線の先にテレビ塔がそびえたっていた。
「久しぶりだね」
テレビ塔は言った。
おねしょをしていた頃の私をも知っている近所の定食屋のおばさんに久しぶりに声をかけられたような気持ちになって、思わず目をそらしてコーヒーを飲んだ。
手前に広がる芝生の上には、たくさんの人々が腰をおろしていた。もちろん学生のカップルたちも。テレビ塔は、それらを見つめて微笑んでいるようだった。
そうして、今頃になって私は気づいたのだ。テレビ塔がない名古屋なんて、テレビ塔に見守られない毎日なんて考えられないことに。
「彼、デビューしたのかな?」
私の問いかけに、フフフと笑ったようだった。
テレビ塔はおすすめの観光スポットなのか。また誰かに聞かれたときは、今度からこう答えよう。
「挨拶するなら、とっておきの場所があるよ」と。
***
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