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なぜ、(わざわざ)山に登るのか?


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記事:田村 彩水(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「登山が趣味です」と言うと、必ずと言っていいほど返ってくる質問がある。
「なんで山?」
この質問は、必ずしも「いいね!」のような、純粋に賛同していただくポジティブな方向からの問いであることはまぁ稀で、
「休みの日にあえてしんどい思いして不便な山道登ってんのかこの人は……」という、どちらかといえばネガティブなニュアンスを大なり小なり帯びることがほとんどである。
つまるところ、
「なんで(わざわざ)山(に登るの)?」と聞かれているわけである。
 
確かに、登山を始めた5年前、そして現在も、20~30代の都会暮らしの会社員である私の周りにはそれこそ“わざわざ”山に行かずとも、街の中、なんなら家の中でできる手軽な楽しみにあふれている。
“手軽な”ということは、
岩をよじ登ったり、木の根をよけたりせずとも道を歩けて、
重力に逆らわなければいけないこともなく、
面倒な地図読みをせずとも目的地にたどり着けて、
3日間お風呂に入れないなんてことはなく、
重い食べ物・飲み水を常に持ち歩く必要もなく、
遭難・滑落・酸欠の心配をすることもなく、
クマにおびえることもなく、
トイレの場所を必死に探す必要がないということだ。
こうして羅列すると、(わざわざ)をカッコで滲ませてくる問いの発信者の気持ちもよくわかるというものだ。
 
私が(わざわざ)山に登るようになったのは、何か大きなきっかけや志があった訳ではない。色々な偶然が重なり、成り行き的に山に登ることになった。まず、当時高校生だった弟がワンダーフォーゲル部を辞め、もう使わないから、とレインウェアをくれた。そして登山好きな世話好きの親切な方と知り合う出来事があった。これで登山靴があったら登山始められるなーと思っていたら、ほとんど新品のサイズぴったりのキャラバンの登山靴をもらうという信じがたい素敵イベントが発生した。
登山を始める前の、「道具を揃える」というハードルが3つくらい、目の前でバタバタと倒れた。せっかくだし、行ってみようかな。そんな軽い気持ちで登山好きのお兄さんにご指導を仰いで、初心者向けの山に登ってみることにした。
 
登山好きのお兄さんが「関西に住む登む登山初心者かつ運動不足の若者」である私にファースト登山先としてチョイスしてくれたのは、大阪は南部に位置する岩湧山だった。標高は897Mで、低山に分類される山だが、ちょうど今の時期すすきが綺麗だから、とおすすめしてくれた。「すすき=綺麗なもの」という感覚が当時の私には全くなく、話を聞いてもいまいちピンとこなかったが、まあ低い山で登りやすいなら安心かなぁという気持ちでそこを最初の登山地点に定めた。
 
登山前日夕方までは楽しみで仕方なかったが、前日夜からいざ上り始める直前まで、不安で不安で仕方なかった。もし、遭難したらどうしよう。キツ過ぎて途中で動けなくなったら?真っ暗な中ですすきにくるまりながら、眠ることになるのだろうか?杞憂としかいいようがない様々な心配事が浮かんでは消え、浮かんでは消えした。
そんな緊張を抱え、登山口からいざ一歩踏み出したとき、分厚い登山靴の靴底にも感じられる、柔らかい土がみしっ……と足裏を押し返してくる感触に驚いた。当時営業職で、毎日ヒール靴でコンクリートの上を歩き回るのが日課だった私にとって、その柔らかい感触はとても新鮮なものだった。そうか、私が毎日歩いているあの固くて平らで安全な道は、誰かがそのように整えてくれたものなんだよなあと、知らず知らずの内に名もなき道路整備人の恩恵に預かって生きている自分の在り方に気づいた。街中で歩くのとは違い、草木や岩石で道がでこぼこしているため、変な場所にうっかり足を置いてしまうと、足を捻ってしまう可能性がある。次はどこに足を置こうか、次は、右足、左足……目の前の足運びに集中してひたすら前に進む行為は、それ以外の何事をも考える必要なく、ただ無心になることを許されるひとときであり、その単純さがなぜだかとてもありがたかった。
 
ひたすらに両足を交互に運ぶ行為のさなか、ふと顔を上げてみた。足元の登山靴と土と岩と木の根っこばかり見ていた私の目の前に、突如美しい緑の木々が鬱蒼と茂り、木漏れ日がきらきらと差し込む美しい森の景色が広がった。
わっ。こんなところを歩いていたんだ。
足元のことにただ集中することを許された内側へと向かう心持から、ふと目線を上げると広がる美しい世界を見つめる外側への心持に変わる瞬間。この内へ外への気持ちのベクトルの変容がとても面白く感じた。
 
幸いなことに運動不足で山歩きに慣れていない私でも、こんな調子でなんとか歩き続けることができ、ついに山頂へとたどり着いた。
山頂に広がっていた景色を、私は忘れることができない。
そこには、黄金の野原があった。その日はとても晴れていて、青い空の下、視界いっぱいの金色のすすきが風に揺られて波打っており、さながら黄金の王蟲の群れの中を蒼き衣を纏いて歩く、風の谷のナウシカのあの名シーンの様な風景だった。
「頑張って歩いたその先に、こんなに美しい世界をみることができるのか……」
このとき、秋風の中に感じた達成感と充足感。
すすき野原が、日に透けて一層美しく見えた。
 
「なぜ(わざわざ)山へ登るのか?」
その問いの答えを私は明確には持っていない。
だけどあの岩湧山で感じた不思議な“許される”感覚。世界が内へ外へ向かう感覚。そして達成感と充足感。あれらの感覚は忘れがたく、今も私の心の奥底にずっと波打っている。
 
さて今日も、地図読みをして、重い荷物をかついいで、汗にまみれて、不便な地へ……
私は(わざわざ)でかけていく。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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