生と、死と、臆病な強さと
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ゆーすけ(ライティング・ゼミ通信限定コース)
※この物語はフィクションとしてお読みください※
私には高校時代から唯一親友と呼べる男友達がいる。高校で入部したテニス部で同期になってから、何をするのも一緒だった。遊びに行くと必ず横には彼がいたし、彼は私と同じ予備校にも通っていたため、勉強するのも一緒だった。大学も学部の違いこそあれ、同じ大学に進学した。同じテニスサークルに入り、そのまま四年間を一緒に過ごし、やがて卒業した。就職先は私が東京で彼が名古屋となり離れてしまったが、定期的な行き来があった。そしてその二年後彼は結婚して、家庭を持った(もちろん、私は彼の結婚式に参加した)。彼が結婚してからも、私は彼と(時には彼の奥さんとも)定期的に会っていた。私はこれからも、一生同じ形で交友が続いて行くものと信じていた。
その電話を受け取ったのは、とある金曜日の夜だった。私は仕事が終わり、一週間分の仕事の疲れを癒すために冷蔵庫からビールを取り出して、飲もうとしていたところだった。それは彼の奥さんからで、彼が脳出血で病院に運ばれたことを知らせる電話だった。
その日、彼はいつも通り仕事をしていた。午前中の仕事が終わった後お昼を食べに行こうとして立ち上がり、そのままうずくまって倒れたそうだ。それを見ていた彼の同僚がすぐに救急車を呼び、彼は病院に搬送された。そのまま六時間にも及ぶ大手術を受けたらしい……。
私はすぐに荷物をまとめ、東京発名古屋行きの終電の新幹線に飛び乗って、彼の病院へと向かった。病院に着いた頃には日付が変わり、土曜日になっていた。
彼は、病室のベッドで横たわっていた。頭は包帯でぐるぐる巻きにされ、手術のためか、脳出血のためかはわからないが、顔が普段より二回り膨れ上がっていた。体には無数のチューブが通され、それらが医療機器に繋がっていた。その得体の知れない機械からは定期的に液体がチューブを伝って供給され、その度にごぼっという不気味な音を立てた。
「どうです? 彼の容態は?」私はベッドの傍らについていた彼の奥さんに話かけた。
「何とも。お医者様の話だと、手術はうまくいったそうなんですが、それからずっと目を覚まさないままで。お医者様にもいつ彼が目覚めるかわからないそうです」
彼女はそう答えた。その瞳は虚ろで、憔悴しきった様子だった。私はかける言葉がなく、ただただ立ち尽くしていた。
それから、二日間、私は彼の病室につきっきりになっていたが、結局彼が目を覚ますことはなかった。私も仕事があり、離れなければならず、彼の奥さんには何かあったらすぐに知らせるようにお願いし、彼の病室を後にした。
それから二週間くらい後のこと、私は奥さんから再び連絡を受け取った。彼がついに目を覚ましたというのだ。その週の週末会いに行くことを伝え、土曜日の朝一で彼の病院へと向かった。
私が病室に入ると、彼はちらっとこちらを向いて、いきなりこういった。
「左半身麻痺だ」
「……えっ?」私は助けを求めるように奥さんの方を向いた。奥さんは黙って首を振った。
「だから、左の、半身が、麻痺になっちまったって言ったんだ。脳出血の後遺症で。もう戻らんらしい。歩くこともできん」
彼はそういうと黙って下を向いた。その瞳には、悲しみと怒りが充満していた。私は何も声を掛けることができなかった。
私は二日間病院にいたが、彼とはほとんど会話をしなかった。できなかった。何を話してもそっけなく、彼はずっと片手で本を読んでいるだけだった。なす術がなく、ただただ時間だけが過ぎ、そのまま日曜日の夕方を迎え、私は東京に帰ってしまった。
それからしばらく、私は彼のもとを訪れなかった。奥さんからは定期的に彼の経過を連絡してもらっていた。しかし、どうしても変わり果てた彼と会うのが、そして彼に会っても何もできない無力な自分を見つけるのが、とてもつらかった。私はどうしても、足が遠くなった。
彼と最後に会ってから三か月が過ぎたころ、彼が病院でとある事件を起こした。午前中の診察が終わった後、病室を離れ、昼ご飯の時間になっても戻ってこなかった。看護師が探したところ、病院のベランダの手すり付近で車いすから落ちて倒れていたのが発見されたそうだ。幸い彼にケガはなかった。彼は「外の空気を吸いたいと思って外に出た」と言っていたそうだが、私はそれを聞いて不安になり、その週末、再び彼の病院を訪れることにした。
病室に着くと、彼の奥さんは用事があるからと言って、席を外した。私は彼と二人だけになった。
奥さんが出て行ってからしばらく時間が流れた。沈黙。でも、何か言わなくては……。そしてついに私が声を掛けた。
「あのさ……」すると、彼は右手を上げて私の言葉を遮った。そしてこう言った。
「わかってる。わかってるさ。俺が自殺しようとしたんじゃないかと思って駆けつけたんだろ……。そうさ。そうだよ。でも、できなかった。ベランダの際までいって、手すりをつかんで、うまくよじ登った。でも、できなかった。失敗したんじゃない。後一歩で向こう側へ行けたが、俺はその一歩を踏み出すことができなかった。できなかったんだ。俺は生きるのが、これから生きていくのが怖い。でも、死ぬのはもっと怖かった。死が見えた瞬間、俺は立ちすくんだ。俺は死にたくない。俺は臆病なのか? わからない。でもこんな体になっても、この先未来がわからなくても生きていたいんだ。俺は」彼はそこまで一気に言うと、両頬に涙をこぼした。私は、椅子から立ち上がって、彼に駆け寄り、彼を抱きしめた。彼はずっと泣いていた。私は彼が落ち着くまで、しばらくそのままでいた。
この世の中は理不尽だ、と私は思う。彼がこんな病になる理由は理屈では決して見つからない。でも、こうしたことが時には起こりうる。どうしても起こりうる。
でもその中で、こんな理不尽な世の中で、彼は生きるという選択をした。彼は死ぬのが怖かったといったが、決してそうじゃない。彼は本能的に生きるという選択をしたのだ。彼にはその強さがあった。その強さを持っていてくれた。私はそう思う。彼は決して弱くなんかない。
私もこの、理不尽な世の中で、彼と一緒に生きていく。彼と苦しみを共有する。彼を支えていく。そう、彼を抱きしめながら決心した。
***
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