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スポーツの記憶

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:宮川愛美(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
まだばくばくと動く心臓をどうにか落ち着かせて、地上にいる先輩に向かって叫ぶ。
「届いたー!」
「だから言ってるじゃん」
私の興奮とは裏腹に、先輩は冷静だ。ここまで事も無げに言われると、尻込みしてチャレンジできてなかった過去の私を反省するほかない。はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりと地上に降りると
「余裕だったでしょ?」
と聞かれた。出来ない出来ないと騒ぎ立てていた自分を思い出して、少し恥ずかしくなりながら曖昧に頷いた。でも、そんな恥ずかしさもすぐに飛んでいく。徐々に込み上げてきた嬉しさに身を任せて、小さくぴょんぴょん跳ねながら言う。
「最高!」
と。
こんな調子ではあるが、最近ボルダリングにハマっている。決められたホールドと呼ばれる石のみを使ってゴールまで壁を登るのだが、これが簡単なようでいて難しい。勢いをつけて遠くのホールドに手を伸ばすこともあれば、ジャンプをすることもある。先ほども、次のホールドがあまりにも遠くに感じられて、出来ないと騒ぎ立てていたのだ。地上からせいぜい2メートルといった高さでも怖さを感じて、落ちたくないという思いから手が伸ばせなくなるのだ。だが、先輩に「届く」と何度も暗示をかけてもらい、ようやく思い切ってチャレンジすることができた。
「ほら、余裕だったよ」
と先輩が、私が登っていたときの動画を見せてくれた。すると、たしかに動画の中の私は余裕そうにホールドを掴んでいるように見えた。そこで改めて「自分の限界を自分で決めてしまわないこと」の大切さを感じた。ゴールができて嬉しい気持ち、これは限界を突破できたからこそのご褒美だ。「そうだ、限界を感じちゃだめだ」と思う時に、ふと以前もスポーツをしていて同じことを実感した経験があることを思い出した。
まず記憶のとっかかりとして思い出すのは、鋭い視線を背中で感じた時のぞくぞくだ。反射的に背筋がしゃんとするくらいの。部活動中のその時の私は視線の正体が気になっても、確かめようと振り向くのが怖かった。振り向いて目が合った時にどんな顔をしたらよいかが分からなかったからだ。そこで近くにいるチームメイトの肩をつんつんと触り、こちらへ振り向かせたところで真剣な眼差しを送った。私のメッセージ性にすぐに気づいたチームメイトははっとした顔をし、それから私越しに正体を確認して数度小刻みに頷いた。
「やっぱりか」
ぼそっと呟いてから、息を思いっ切り吸い込んで
「ファイトー!」
と声を張り上げる。すると、一段と大きくなった私の声を聞いてチームメイトが次々に裏の意味を察し、共に声をあげていく。その正体とは、我ら部活の顧問であった。キャプテンに渡したメニューをその通り、サボらずにきちんとこなしているか抜き打ちでチェックしに来ているのだ。毎日、気づくと少し離れた校舎の陰や校舎の窓からこちらを鋭い目つきで見ていた。その姿は今思い出しても怖い。
そんな怖い顧問に見守られて、その日はうだるような暑さの中体育館の中をひたすら走っていた。二十周を走り始めた悲壮感漂う私たちに向かって、顧問が放った一連の言葉が印象的だった。
「おい、最初から全力出せよ! 配分考えてるんじゃねえよ!」
と言ったのだ。私はその時走りながら思った、「今全力出したら二十周に耐えられない」と。するとその気持ちが顔に出ていたのか、顧問がさらに吠えた。
「最初から全力出してねえから、いつまでも限界超えられねえんだろうが。おい、全力出せよ。辛くなったら……」
顧問の迫力と怖さに圧倒され、うまく言葉が呑み込めなかった。ただ思った。「辛くなったらどうすればいいんだ」と。続きを待つと、短く
「耐えろ」
とぶっきらぼうに言われた。「なんだもっといいこと教えてくれるのかと思った」と走りながら落胆して、深く息を吐いた。ただ、真面目だった当時の私は言われたことを忠実に行動に移そうと、苦しみながらスピードを速めるために一生懸命に足を出した。この時顧問に言われた言葉をきちんと飲み込めたのはいつだったか、覚えていない。ただ言われた言葉を反芻して、非常に納得したことだけは覚えている。成長とは、自分の限界を引き上げることだ。自分の限界を決めてしまったら、その範囲でいくら頑張っても私は変わらない。どうせやるのなら成長したい。つまり、限界なんて決めちゃだめだ、と。
そんな記憶から現実に戻ってきた私は、次にチャレンジする壁を見上げる。「よし」と気合いを入れて、勢いよく立ち上がった私に先輩が察して
「がんば」
と声を掛けてくれる。「もう届かないなんて弱音を吐かないぞ」と思いながら、私はホールドに手を伸ばした。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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