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ロックダウンと高級ハンバーガー

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記事:中村まい (ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「今日の夜ご飯はハンバーガーでいいか」
週末が近づいたある日の夕方、私は疲れ切っていた。もう夕食を作る気力はない。多少ジャンクでもいいから、おいしいものを手軽に食べたい。
 
私が住む中東の都市ドバイでは、新型コロナウイルスの感染が拡大した3月後半から、ロックダウンが続いていた。学校も会社も、オンライン授業、在宅ワークへ。ショッピングモールやレストランはもちろん閉鎖。空いているのはスーパーや薬局だけ。そのスーパーに行くにも、政府の外出許可を取り、2時間以内に済ませなくてはならない。外国人観光客でにぎわっていたドバイの町は、あっという間にゴーストタウンのようになってしまった。
 
家の中には常に家族全員いる。在宅ワークの夫、オンライン授業の息子。授業に集中しない息子を注意しながら、学校の課題を手伝い、大慌てで昼食を作る。息子の授業が終わったら自分がパートタイムで請け負う業務をするためパソコンに向かい、気づけば夕方……。のんきにテレビを見ている夫と息子に文句を言いながら、夕飯の支度。息子の授業と自分の仕事の合間には、買い出しに行かなければならない。コロナウイルスの感染力もまだよくわからない中、医療水準が高いとはいえ、異国の地。外国人が感染した場合にどんな待遇が待っているか見当もつかない。感染におびえながら、恐る恐るタクシーに乗り、スーパーに買い出しに行く。
 
そんななか、レストランのデリバリーサービスは、数少ない娯楽であり、慌ただしい日々の中で料理という、最大の家事を減らしてくれる救世主だった。店舗を開けられず、売上確保のために必死なレストランがデリバリーサービスを始め、競うように魅力的なセットメニューを展開しており、選ぶのも楽しい。材料を買うのも一苦労、さらに作るのに一苦労、という中、時間も家事の時間も大幅に短縮されてありがたい限りだ。
 
その日も、学校の課題をいつまでも終えようとしない息子に苛立ち、ため息をついたところで、デリバリー用アプリでハンバーガーの注文をした。家から3キロほど離れたショッピングモールの中にできたハンバーガー屋は、日本でも話題になっていた高級路線のハンバーガーで、一個35ディルハム(約1050円)程度と強気な値段設定だ。移住した当初は、ハンバーガーに1000円なんて信じられない、と思っていたが、ドバイの高い物価への慣れとロックダウンのストレスが相まって、「疲れているし物価も高い場所なのだから仕方ないか」と言い訳をしながら、しばしば注文していた。
 
アプリで注文して、40分ほどでデリバリーが届いた。いつものハンバーガー屋の袋を受け取ろうとしたその瞬間、配達してくれたおじさんが目に入った。デリバリーによる感染防止のため、荷物を玄関の前に置き、注文者がそれを受け取ったのを見届けて、デリバリーサービスのスタッフは去っていく。いつもなら、去っていくスタッフの背中にThank youと声をかけて終わりだ。でもその日はなぜか、目が合った。インド人かパキスタン人だろうか。おしゃれなハンバーガー屋のパッケージの雰囲気とは似ても似つかない、よれよれのズボンとくたびれた靴を履いたおじさんだった。そして、私は気付いてしまった。この人はこのハンバーガーを買うことはできないのだ、ということに。
 
お金持ちが多いイメージで知られるドバイは、実際は超格差社会だ。国民の平均年収は2000万円とも3000万円ともいわれる一方、建設会社の現場や、こうしたレストラン等のサービス業の末端で働く外国人労働者の年収は、100万円にも満たないと聞く。日給にして2000円から3000円だろうか。粗末な合宿所のような住居で共同生活を送りながら、朝から晩まで働く。そして、出稼ぎ労働者たちは、少ない収入の大半を故郷の家族に送る。
 
私は、文句ばかり言っていた自分を恥じた。特権を持つ人は自分が持っていることに鈍感であるという。高級ハンバーガーは、皆が食べられるものではなかった。安全な住居からデリバリーを注文でき、ハンバーガーに1000円費やすことのできる経済的余裕を持つ、一部の人間に与えられた特権だったのだ。
 
自分はおそらく買うことはないであろうハンバーガーを運んできてくれたおじさん。大人数の共同生活では、感染リスクも高いだろう。ドバイの今後の景気次第では、おじさんの仕事もいつまで続けられるかわからないだろう。おじさんの生活に想いを巡らせ胸が苦しくなる。だからといって、私がおじさんにできることは何もない。多少チップをはずんだとはいえ、彼の生活を大きく変えることはない。
 
私にできること。私自身が健康にロックダウンを乗り切ること。自分の身近な人がロックダウンを乗り切れるよう支えること。自分が手にしている安全に感謝すること。
 
ハンバーガーはとてもおいしかった。「安心できるおうちで、こんなおいしいハンバーガー食べられるなんて、幸せだね。感謝しないとね」涙目でハンバーガーをかじりながら、急に説教じみたことを言い出した母は、息子の目にさぞ奇妙に映っただろう。そして、「さあ、ハンバーガー食べたら、いっしょに宿題、がんばろうか」と声をかけた。それがそのときの「私にできること」だった。
 
 
 
 
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2020-10-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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