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人助けをした私は、優しいわけじゃない


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記事:綾崎(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
シミのような思い出がある。
喉の奥に引っかかった小骨ほどの違和感はなく、普段は忘れている。でも、ふとした瞬間に気になってしまう、そんな思い出だ。
 
私が中学一年生だった時、女子の間で一人の男子生徒のことが噂になった。
「A君、急に握手してって言ってくるねん」
「A君?」
「2年の、障がい持った背の低い男子おるやんか」
友人たちは、ぼやっとしている私に教えてくれた。皆、彼の名前まで知っているようだった。
「それ、私も言われたー!」
「えー、キモーい! なんで握手?」
「知らんよ!」
クラスメイトはキャッキャと騒いでいるが、私は不思議だった。
嫌なら断ればいいのに。応じておいて後からそんなことを言うのは、不誠実じゃないか?
 
私の番が来た。休み時間、理科室へ行くために廊下を歩いていると、向こうから来たA君に握手を求められた。
「握手しよう」
彼が手を差し出した。
「いや」
私は短く一言で断り、相手の反応も確かめずに逃げるようにしてその場から去った。胸が異様にドキドキした。自分の対応は間違いだったような気がした。
それから1ヶ月も立たないうちに、握手を求められたという話しはパタリと聞かなくなった。私は2年生になり3年生になり、ついに中学を卒業したが、どうすればよかったのかはわからないままだった。
そして、思い出はシミになった。
 
握手を断ってから約10年後、22歳になった私は障がい者福祉施設で臨時職員として働いていた。
福祉施設と言っても、様々な種類があることをご存知だろうか。恥ずかしながら、私は全く知らなかった。勤務先は「就労継続支援B型」といって、一般企業で働くことが困難な人に対して、軽作業などの仕事を提供する場だ。
働き始めて間もない頃、お昼の休憩時間に60代の男性Sさんが話しかけてきた。軽いノリのおっちゃんといった風貌で、一見わからないが軽度の知的障害を持っている。
「腕時計つけとらんの?」
「腕時計? つけてませんけど……」
Sさんは、質問の意図がつかめず訝しむ私の手をとり、腕時計をしていれば文字盤があるであろうあたりを人差し指でくるりと撫でた。ゾワっとしたが、腕を振りほどくのはためらわれた。
「Sさん! 用意できてるから食堂に行ってくださいよ」
ベテランパートの女性職員が声をかけると、Sさんは慌てて私の手を離してそそくさと食堂へ行った。パートさんは、顔をしかめながら困ったように呟いた。
「もう、すぐ若い女の子に触ろうとする」
その一言で、私はやっと理解した。
今のは、セクハラだったのか……!
彼らは私より弱い立場である「障がい者」で、加害されるなんて夢にも思わなかった。すっかり思い込んでいた。いやいや、そりゃ中にはセクハラをしてくるヤツもいるよな。人間だもの。
目から鱗が落ちると同時に「障がい者」だから手を振りほどくのは失礼だと心のどこかで思っていた自分にも気づいた。これは、差別だ。
中学生の時、A君の握手を断らなかったクラスメイト達と一緒だ。
 
施設には、いろんな人がいた。明るくて冗談が好きな人、ことあるごとに仕事をサボろうとする人、悪い男に騙されそうになって一悶着あった若い女の子もいた。誰と誰が仲が悪いとか、ここはグループができているとか、単純ではない人間関係が構築されていて、職員として手を焼くことも少なくなかった。
各々の障がいに配慮は必要だが、それは障がいを持っていない人間も変わらない。友人と一緒に外食をするときは相手の嫌いなものを避けて注文するし、ハイヒールを履いている女の子と出かけるときはゆっくり歩く。
 
福祉施設では2年間働いた後に転職した。良い職場だったが、もともと長く働く予定ではなかったのだ。転職してからは福祉との関わりは無くなった。
 
つい一年ほど前のことだ。駅の改札を出ると、けたたましい電子音と男性の大声が聞こえてきた。驚いて声の方を見ると、駅構内のATMコーナーの中に車椅子の男性がいた。大声をあげていたのは彼だった。
近づいてみると、彼はATMにへばりつくような体制で、開いた現金の取り出し口に手を伸ばしていた。どうやら、引き出したお金まで手が届かず、助けを求めていたようだった。
私がお金を取り出すと電子音が止み、取り出し口が閉まった。彼が体制を整えるのを確認して、お金を手渡す。
「あぁいとぉ」
言語障害があるのだろう。はっきりと聞き取れなかったが、お礼を言ったようだった。私は軽く会釈をしてその場を離れた。
周囲にはたくさんの人がいたが彼に駆け寄ったのは私だけだった。でも、それは私が特別親切で優しかったからではない。その場に居合わせていた人たちよりもほんの少し障がいについて知っており、彼の状況が理解できただけだのことだった。
不明瞭な言葉で大声を出している男性なんて、そりゃ怖い。近づきたくない。福祉施設で働いた経験がなければ、私も横目で見ながら通り過ぎただろう。
 
A君のことを思い出した。中学校を卒業して20年近く経ってやっと、握手を断ったことは間違いではなかったと思えた。多分、障害を持っていなくても、私は同じような対応をしただろうから。
まあ、でも、もう少し言い方は考えても良かったかもしれない。
久しぶりに思い出したシミは、もう気にならないほどの薄さになっていた。
 
 
 
 
***
 
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2020-10-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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