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園児腹パン通り魔事件、20年後の真相


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記事:大隈真波(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
卒園式のことだ。空はからりと晴れて、わたしたちは先生や通い慣れた幼稚園との別れを惜しんでいた。
 
幼稚園のおともだちは、全員が同じ小学校へ入学することがわかっていたし、先生は母の同級生だった。だから、ことさら別れの悲しみに暮れることもなく、わたしはざわついた部屋のなかを、上の空でうろついていた。
 
当時のわたしは自分の世界に入り込みがちだった。頭の中ではアニメ『魔法の天使クリーミィマミ』になりきっていた。主人公の少女優が、魔法で変身し、クリーミィマミというアイドルとしてステージに立つアニメである。毎日のように幼稚園の階段をステージ代わりに、腰をふりふり踊り歌っていたので、弟を乗せたベビーカーを押して、様子を覗きにきていた母親を赤面させていたという。
 
今日はどこで踊ろうか。卒園式用のかわいいお洋服を着たわたしは、いつも以上に自分が輝くためのステージをもとめて、部屋の中を歩いていたのだった。
 
とそこに、しんちゃん(仮名)が正面から近づいてきた。しんちゃんは、活発闊達な男の子で、園庭でもよく遊ぶおともだちのひとりだ。「何かな?」と思った瞬間、みぞおち直下に、ずしんと重い右ストレートを食らっていた。
 
あまりにも突然だったため、声もなく腹部を押さえるわたしの横を、しんちゃんは、何事もなかったように、するりと通り抜けていった。
 
白昼の通り魔事件である。
 
そのとき、「お腹を殴られると痛い。かなり痛い」ということを、わたしははじめて知ったのだった。
 
この事件は、あまりにも理不尽かつ意味不明であったため、だれにも話すことがなかった。
 
こどもは、ときに突拍子もないことをする。当時の記憶を思い返してみると、しんちゃんも、発作的に奇行に走っただけ、そして偶然そこにわたしが居合わせただけのこと。だから、親や先生に報告をすることではないと思っていたフシがある。
 
その後、同じ小学校へと入学したしんちゃんとは、とくに不仲ということもなく、卒園式のしんちゃんの奇行を、わたしはやがて忘れていた。
 
しんちゃんの通り魔的な犯行が、実際は突発的なものではなく、実は計画された報復行動であったことがわかったのは、それから20年後のことだった。
 
あるとき、自宅でのんびりと母と話していたら、子供時代のわたしの自由奔放さが話題に登った。そして、そのもっとも印象深い場面ということで、入園式の話になったのだ。
 
母によると、入園式が終わり、組の部屋に入ったあと、わたしは空いている椅子の背もたれを掴んだまま、よそ見をしていた。そこに、ちかづいてきた男の子が座ろうとした、まさにその瞬間! 自分が座るために、わたしはその椅子を引いてしまった。当然、男の子のお尻の下に、かれが座るはずだった椅子はなく、思い切り尻もちをついてしまったのだそう。
 
当のわたしは、よそ見をしていたので、足元に座り込んで泣いている男の子を見て、なぜ泣いているのかわからない様子で、ポカンとしていたという。
 
その一部始終を見ていた保護者のみなさまは、爆笑。そして、母は平謝りで男の子のお母様に謝ったそうだ。
 
もう、おわかりだろう。母親が「笑っちゃった話」として聞かせてくれたエピソードの、わたしに泣かされた男の子こそが、卒園式の日にお腹をパンチをお見舞いしてきたしんちゃんだ。
 
20年の時代を超え、このときはじめて「あの卒園式の腹パンは、報復だったか!」と腑に落ちたのだった。
 
確かめてはいないので、もしかしたら、殴られたのは全然違う理由かもしれない。
 
しかしながら、わたしにとって「卒園式で突然殴られた理不尽な出来事」が、かれにとって「入園式で椅子を引かれて転んだ理不尽な出来事の報復」だとすれば、因果関係が認められて、霧が晴れるような気がした。
 
入園式という晴れの舞台で、女の子に泣かされたこと、それを見ていた保護者に笑われて、恥をかかされたことも、もしかしたら、しんちゃんが卒園式に報復を決行した理由かもしれない。
 
この20年越しの報復に気がついたことで、得た教訓がある。
 
生きていると、理不尽と思える仕打ちを受けることがある。その行為は、実際に通り魔的な、真に理不尽な理由によるものかもしれないが、「もしかしたら、自分が先に何かをしでかしたのかも?」と、立ち止まって考える癖をつけると、より人間関係がよくなっていくのではないか、と思う。
 
本来であれば、自分が何かをしでかしたときは、すぐに謝るべきだ。しかし、入園式のわたしのように、気が付かずに誰かを傷つけている可能性が、ないとは言えない。
 
だからこそ、なにか理不尽なことがあったら、そのままにせず、できる限り情報を集める努力をしたいと思っている。それは、もちろん本人に直接聞くのが一番はやいだろう。とはいえ、注意しておきたいのは「自分が理不尽なことを相手にしてしまったことに、無自覚だった」ことが明るみになり、さらにお怒りを買う可能性もある、ということだ。
 
おとなになり、それなりに人生経験を積んだ身としては、慎重に行きたい。これまでの自分の行動を振り返るのはもちろんのこと、まわりの人々に、それとなく相手が「自分についてなにか言っていなかったか」と、聞き込み調査を行うのがスマートな方法かもしれない。
 
そして、報復を受けたとはいえ、自分に原因があると感じたのであれば、相手には誠心誠意、謝罪を申し入れたいと思うのだ。
 
最後に、しんちゃん(仮名)に、この場を借りて謝りたい。
 
入園式ではごめんなさい。怪我をさせてしまっていたら、と思うと、本当に申し訳ない気持ちになります。しんちゃんはもう忘れているかもしれないけれど、いつか会うことがあれば、改めてお詫びをしたいと思います。それまで、どうかお元気で。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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