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過去は早く思い出になってしまえ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

河田愛(記事:河田愛(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
息が上がって肩が上下に動きそうになるのを抑えて、相手に呼吸のリズムを悟られないように深く長い呼吸にする。
竹刀の先はぴたりと相手の喉元を狙う。
足を少し前に進めて、間合いを詰めると相手の手元がピクリと反応する。
今度は足を前に出すのに合わせて竹刀の先を浮かせてみると、耐えかねたように相手が竹刀を振り上げて打ちかかってきた。
思うつぼだ。
私は相手のがら空きの胴へ竹刀を叩きこんだ。自分の右足を大きく踏み出して相手の右胴を打つ。そして相手の左肩を素早く抜けて、隙を見せることがないように相手に向き直って、油断のない姿を見せる。
三人いる審判が三人とも白旗と赤旗のうち、赤旗を迷いなく上げた。
 
「勝負あり!」
 
審判の声とチームメイトの笑顔が嬉しくて、退場するとよくやったと頭をぐりぐり撫でてくる部長が鬱陶しくて、私も声をあげて笑った。笑ってチームメイトを見渡して、私は息をのんだ。みんなが恨めしそうにこちらを睨んできていたからだ。
 
そこで、体が大きく揺さぶられて私は目を開けた。
「姉ちゃん、ついたで。なんか夢見てたん?」
「なんも見てへん」
顔を覗き込んでくる一樹の頭を押しのけて車の外に出る。見慣れない景色と、七階建てくらいのアパートが目の前にあった。
ここが新しい家か。
父親の転勤のために大阪から横浜に引っ越すことになった。父は3か月前くらいから横浜に住んでいたが、ちょうど中学と小学校の卒業式を控えていた私と弟はずっと通っていた大阪の学校を卒業し、4月から横浜の学校に通うことになった。
なので、大坂にとどまっていた母と私と弟は今日から横浜在住になる。
「おっ、お嬢さんが起きたか」
おどけたような調子で久しぶりに会う父が手を振ってきた。
「また背が伸びたんちゃう?そのうち父さん抜かれてしまうな」
適当なことしか言わない父親の背を、そんなわけないやんと軽く叩くと一樹がやかましく父親のそばに飛んできた。
「なあなあ、ぼくは?ぼくも伸びたやろ?」
父親の腕にぶら下がるようにくっつく一樹を父親が笑いながら抱き上げてしまい、一樹は子ども扱いするなとキャンキャン喚いて暴れていた。
 
新しい生活はなかなか楽しかった。観光気分であちこち巡ってみたり、高校に入学してからは新しい友達と遊びまわったりしていた。
家族と話すとき以外標準語にしていたが、どうしても関西の訛りが出てしまいそれが友人たちには面白いらしく、はじめのころはよく関西弁で話してくれと言われたりした。
入学してから3か月くらいたった今では友人たちの方がむしろ私の関西弁がうつってしまっている。
楽しく過ごしていたが一番の悩みは部活だった。私はいまだに部活に入ろうとしていなかった。学校としては強制はしないもののできれば部活動をすることをすすめていた。
実は中学の時、剣道部に所属していて大会で上位に幾度となく入賞していた私は高校に入学してから毎日のように剣道部から勧誘されていた。最近は登校すると毎日机の上に入部届が置いてあるようになった。おかげで入部届が山のように手元にある。
それでも私が一向に入部しないのには理由があった。
中学三年の時の出来事だった。
高知県で行われた最後の全国大会を終えた帰り道だった。私たちの乗るバスが事故を起こした。
バスはカーブでガードレールをなぎ倒し、道路脇に横転した。運悪く道路脇は下り坂になっていたため何回かバスは転がっていたらしい。天井はへこみ、窓ガラスは割れてかなりひどく損傷していた。バスだけが傷ついていたならよかった。
その事故で生き残ったのは三人だけだった。私と二年生の子と顧問の先生だ。
後の生徒たちはみんなその場で亡くなってしまっていたり、意識不明をさまよったのちに亡くなった。バスの運転手もその場で亡くなっていたそうだ。私も意識を失っていて丸一日経ってから目を覚ました。事故の瞬間はもう衝撃とパニックであまり覚えていない。ただ、みんなの悲鳴と自分の頭が真っ白になったことだけは覚えている。
顧問の先生は一週間ほど意識不明だったが、腕の骨折以外は大きなけがはなく目を覚ました。後輩の子も目を覚ましたが、腰を骨折していたらしく治療とリハビリで剣道からは当然離れた生活を送ることになった。
剣道部は当然活動できなくなった。大会へ行っていなかった部員たちも部活動を行えるような心持じゃなかった。
私は退院してからいつも通り学校に通っていたが、いつもおびえて過ごしていた。
無事を喜んでくれた友人たちに心配をかけるまいと笑顔で過ごしていたものの、車の急ブレーキ音に耳をふさぎたくなるし、竹刀を握ると冷や汗が出る。何より自分だけがほとんど無傷で生き残ったことに気まずさと息苦しさを感じていた。
夢を見ると冷たい目の部員たちが私を指さすのだ。
それから私は剣道を視界から締め出して、高校入試のことだけを考えて過ごすようになった。ちょうど父の転勤で引っ越すことにもなった。
もう二度と剣道に関わらずにいられると思っていたのに、こんなに勧誘されるとは思っていなかった。
あの事故は大きなニュースになっていたから知らないわけではないはずだが、断っても断っても無神経に勧誘を続けてくるのだからどれほど神経が図太いやつなのかと思う。もはや我慢比べのような感じになってしまっている。
今日も机に置かれていた入部届をくしゃくしゃに丸めて鞄に放り入れた。
帰路につきながら道端の小石を靴先で蹴り飛ばしながらため息を漏らした。
剣道をしたくないわけじゃない。むしろやりたいと思う。やりたいという気持ちがあるからこそ、その気持ちについてきてくれない体と気持ちをひるませる記憶がもどかしくてつらいのだ。
家について、郵便受けを覗いたとき、私宛の郵便を見つけて差出人を見た。差出人はあの事故で腰を骨折した後輩からだった。
驚いて、震える手で封を切った。
手紙の内容ははじめの方は近況報告が書かれていた。剣道部が活動を再開したこと、自分は腰の怪我のためにもう剣道はできないこと、そして私が高校の剣道部の勧誘を断り続けていることを聞いたということ。
どうやら後輩の従兄が私の通う高校の剣道部の部長らしい。
まず従兄がしつこい勧誘を続けて申し訳ないと書かれていた。もうしつこすぎてうんざりだと少し笑ってしまった。
そして、実は自分が従兄にできれば私を剣道に戻してほしいと頼んだことが書かれていた。余計なことをしているかもしれないけれど、事故を生き残った後輩の話をどうか聞いてほしい。どうしても読む気がなければ、自分に腹を立てていれば破り捨ててもらってもいいと……。
私は迷いながら読み進めていた。ふと視界がにじんで涙がこぼれた。
もしかしたら、最後まで読めば何かが変わるかもしれない。そのきっかけがあるかもしれない。現在の私を縛る過去をただの思い出にできるかもしれない。
 
私はすがるような気持ちで私は涙を乱暴に拭って手紙を読んでいた。
 
どこかで今年初めての蝉の鳴き声がした。
 
 
 
 
***

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2020-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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