メディアグランプリ

100歳の表彰状


記事:山﨑由莉(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
窓際のテレビの前、それが祖母の定位置だ。
 
実家に戻ることにした。コロナ禍において、東京に住む者が田舎に戻ると「東京から……」と嫌がられる可能性もあるのだが、そうも言ってられない。どうしても無理なら、無理に戻らなくてもいい。だが、やはり戻った方がうまく回りそうな気がする。嫌がられても結果的にコロナを持ち込まなければ文句を言われることもないだろう。私は用事を済ませる最低限の日数だけ戻ることにした。
 
「おかえり」
母と同じように、祖母もいつもと変わらずに歓迎してくれた。前回帰省した時と違うのは、祖母の足腰がさらに弱っていたことだった。無理もない。いつもテレビの前の定位置に座っていて動かない。デイサービスに週3日行っているとはいえ、それさえも嫌がっている。よほど、家と定位置の居心地がいいのだろう。
 
突然、いつも定位置に座り込んで滅多に歩かない祖母が、杖をついてよたよたと歩き出した。そうして仏壇の前に行くと「ちょっときて」と私を呼んだ。いつもの定位置から声をかけられるのは常だが、わざわざ仏壇の前に呼び出されるとは一体何事か?
 
「これねえ、見て」
そういうと、祖母は筒から何かを取り出した。筒は卒業の時に卒業証書を入れたり、表彰状を入れたりするのと同じものだ。表彰状?
祖母が開いたものをのぞき込むと、それはやはり表彰状だった。表彰状? この歳で? 何の表彰状?
 
「100歳の表彰状。敬老の日にもらったの。表彰されたのは市内に何人だったかな? ほら、安倍さんの名前」
祖母にそう言われて、文面を読みようやく理解した。
 
父方の祖母は、今年の誕生日で100歳になる。100歳になると、100歳を迎える年の敬老の日に、長寿を祝って国から表彰されるらしい。
「すごいね。100歳になると、国から表彰されるんだ」
記念品は、銀杯。立派な紙箱の中にさらに木箱があって、その中に入っていた。ぴかぴかきれいな輝きを放っていた。「きれいだね」思わず見とれてしまった。
 
100歳の表彰状。祖母はとても嬉しそうだった。こんな嬉しそうな祖母の顔を見るのはいつ以来だろう? ゆっくり丁寧に筒に入れると、仏壇の前に戻した。帰宅して、帰省土産を持って仏壇でチーンとおりんを鳴らしてご挨拶した時に、この筒が目に入った。「なんだろう?」と思ったが、この表彰状だったのか。
 
「100歳まで生きる」ことで、国から表彰されることに正直驚いた。もちろん100歳まで長生きできるのはすごいことだと思う。そもそも知らなかったから、いいものを見せてもらえた。祖母の久しぶりに、生き生きとした嬉しそうな顔が見られたのは何よりだった。
 
「長生きをする」というのは、多くの人が望むのではないだろうか。「長生きをしたい」というよりは「生きたい」「死にたくない」という願望のように思う。
そしてただ長く生きられればいいものではない。「生きたい」と思う場合、生活の質が問われる。つまりは健康であるか? 生き生きとした人生を送っているか?
 
祖母は本当に恵まれた環境で生きている。まずは健康体であること。病気などしない。せいぜい風邪を引くくらいだ。目もよく見えているし、耳もよく聞こえる。今回の帰省で、テレビのボリュームが少し大きくなっていたが、会話をする分にはなんの問題もない。意思疎通に困ることもない。
 
息子である父を数年前に亡くしたが、嫁である同居の母に依存して生きている。母は苦労しているが、祖母本人は好き勝手に自由気ままに暮らしている。
 
時間になれば、ご飯が出てくる。めんどくさいから洗濯はしない。母にもさせない。デイサービスの職員さんが気にかけてくれる。入るのが怖いからお風呂にも入らない。お風呂はデイサービスで嫌々入ったり入らなかったりしているらしい。何事も自分の都合のよいように解釈する。もしかしたら脳の衰えから自然とそうなっているのかもしれない。
 
家にあるおやつは独り占めして食べてしまう。それでいて「お母さんは分けてくれない」と、おやつは母が食べたことになっていて文句を言っている。母は母で「私が食べる時には分けてあげるのに、おばあちゃんは絶対分けてくれないの」とおやつ戦争が常に勃発している。
 
気に入らないことは誰にでも文句を言う。周りの人間は大変だが、祖母はどこ吹く風だ。祖母を見ていると「ジャイアンみたい」だと思えてくる。そして「憎まれっ子世にはばかる」ということわざを思い出す。周りが苦労しようと、自分さえよければいいのだ。
 
お金や移動がままならず、大好きな買い物に自由に行けなくなってしまった。祖母本人は不満なこともあるかもしれない。だが相当恵まれていると思う。恵まれた環境の中、満足して生きながらえることができるなら、本人にとって長寿は素晴らしいものであるだろう。でもほんのちょっとくらい、周りの人に感謝の気持ちを伝えたり、丸投げせず自分でできることはすればいいのにと思う。でもそんなことを気にしないからこそストレスがなく長生きできるのもしれない。
 
 
 
 


2020-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事