おっさんがハズカシさを自覚して、そこから先に進んだこと。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:山本周(ライティング・ゼミ平日コース)
長年、日々感じたこと、考えたこと、観た映画や読んだ本の感想を、ほぼ毎日書き続けている。京都市営地下鉄の、国際会館駅から、五条駅までの通勤途中の約20分間が「日記タイム」だ。能率手帳ブランド、ノルティの、3.5㎜方眼ノートに、ブルーブラック色の、ゼブラ・ジェルインクボールペンで書きつづる。
でもでも、ちょっと待ってくれ。
50歳を越えたおっさんが、日記だと? いや、実はこれ、少しハズカシイのではないか? 周りから見ると、あまりお近づきになりたくない人なのではないだろうか。
それは、おっさんだからか。
しかし、こんな例もある。
つい先日、小学4年生の息子が、国語の時間に書いた俳句を得意げに見せてくれた。「いるんだな 水の近くに ほたるがね」。7㎝×20㎝の画用紙の紙片に鉛筆で書かれたその横に、先生が赤ペンで、「より深く感じている様子がよくわかる言葉選びです」とハナマルをつけてくれている。
わたしたち夫婦は、ああ、いいね、いい句を書くね、家の壁に飾ろうか、と言うと、彼は最後まで、えー、それはちょっと遠慮、と渋った。
うーん、どうやら、書く行為というより、書いた内容そのものに、書き手はハズカシさを覚える、といったことのようだ。わたしの場合、そういうハズカシイものを書いていることを、オオヤケにみなさんにお見せしているハズカシイおっさん、ということになるのだろうか。
ともかく、日記でも、俳句でも、大人だろうが子どもだろうが、自分なりに考えたこと、感じたことを書きつづったもの自体を、ハズカシク感じてしまうことがあるようだ。
今、わたしの手元に、エリック・フォッファー著、『波止場日記』(田中淳訳 みすず書房)という本がある。わたしが30歳代の頃に購入し、これまでにも何度かの書籍の断捨離、引っ越しの運搬といった難局を乗り越え、手元に残り続けてきた本だ。
実は、エリック・フォッファー氏には、何冊かの翻訳本があり、中上健次氏や、立花隆氏、柄谷行人氏など数々の著述業の人たちが、彼の著書に大きな影響を受けたと述べている。わたしも、そのうちの一人であり、「日記」と言えばフォッファー氏の、この『波止場日記』を思い出すぐらいだ。
エリック・フォッファー氏は、1902年、ニューヨークにドイツ系移民の子として生まれた。早くに両親を亡くし、さまざまな職を転々としたのち、40歳でサンフランシスコに居を定め、港湾労働者となる。『波止場日記』は、1958年6月から1959年5月の1年分の日記をまとめたものだ。彼は、結局、それから65歳までの25年間、港湾労働者に身を置く生活を続けることになる。
実は、これより前の1951年、彼はすでに出版した『大衆運動』という著作で、世界のベストセラー作家の仲間入りを果たしている。社会哲学者として功成り名を遂げた人であるにもかかわらず、肉体労働に身をひたし、簡素な日常生活を止めようとしなかった。そして、毎日、少しずつ、著述を積み重ねる生活を、途切れることなく継続させていた。フォッファー氏は、彼と同じように港湾労働者として働く仲間を観察し、時に、仲間に対し吐き捨てるような辛辣な苦言を日記に連ね、またある労働者に対しては、その立ち居振る舞いに賛美を送り、彼のおかげで、今日は本当に気分が晴れやかだと、手放しで喜んだ。
わたしは、そのストイックだけれど、人間観察を惜しまない彼の日記に、静かに感銘をうけていた。その観察眼と思索から生まれてくる警句にも感じ入った。
文章を書く、ということは、自分なりの感じ方を表明し、自分だったらこう思う、と表現することだ。そこに迷いや、不十分さ、いい加減さやごまかしが混入していると、書いているものに自信がもてない。ハズカシさや、戸惑い、気後れを感じる原因になる。
いま、わたしは、フォッファー氏が『波止場日記』を書いていたころの年齢に近づいている。彼のように、まさに書くことが、生きることと言えるような、真に迫った文章を、わたしは残せているだろうか。
イギリスのスティーブン・ダルドリー監督の映画、『リトル・ダンサー』で、父親にボクシングを勧められるが馴染めずにいる主人公の男の子が、ふとしたきっかけで、女の子に交じり、こっそりバレエを習う。教室の女性コーチは、時々、挫けて、思い迷う彼に、確信をこめてこう伝える。練習で身につけた技術を披露することはもちろんだが、自分の内にあって、自分にしかないもの、自分はこうなんだと他者との違いを表現することに自信を持ってと。「あなたのために踊るのよ」と励ました。
人目なんか、気にしちゃいけない。あなたは、あなたであり、だれか他の人ではない。人目を気にすることは、つまりそれは、他人を基準にしているからじゃないだろうか。
フォッファー氏は、8月4日付の日記に、こう記している。
「ものを書くときに経験する苦しみと難しさとを忘れずに銘記しておくべきである」。
自分を基準に、そこにハズカシさの余地がなくなるほどに、深く自分にこだわって、書き続けたいと思う。
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