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年齢を重ねるたび、私は裸になり、楽になる


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記事:こひだまり(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
最近、年齢を重ねるということは、着ぶくれした服を、一枚一枚、脱いでいくようなことなのかな……と思うようになった。
 
私は今、41歳である。
 
むかしは40代になれば、さぞかし大人で、頼りがいにあふれた人間になっているだろうと、漠然と思っていた。
 
しかし、現実はそうじゃなかった。
 
まず驚いたのは、40代になっても、根本的な中身は殆ど変わらない事だ。
 
成長に伴い変わっていったのは自分自身の外側の部分だけで、それは10代、20代でタマネギみたいに層のように膨れ上がり、妻だとか母だとか、どこどこの会社で働いているだとか役割や経験だけが増えた。
 
けれど、自分の中の奥底の方に何か軸みたいなものがあるとしたら、それは小さな頃から何も変わっていないんじゃないか?そんな風に感じている。
 
しかも40代となり、一度は遠ざかった本来の自分から、また少しずつ元に戻って行っているような、そんな不思議な感覚が今あるのだ。
 
だから私は、今、昔よりも本来の自分らしく生きられて、段々とラクに楽しくなっているようだ。
 
私にとっての20代は、まさに洋服を着ぶくれしていたような状態で、丸裸の自分をふとした瞬間にさらすことになるのが嫌で、動きも随分と取りづらかった。
自分に合わない洋服を何枚も着てみたりしていたのは、本来の自分を隠そうとしていたからなのだろうか。
学生時代に大阪で1人暮らしをしていた時に、今でも「あぁ、あの時は恥ずかしいかったな」と思い出す印象的な出来事がある。
 
住んでいたのは、コンビニエンスストアの上の、オートロックなし1Kのアパート。
 
当時、付き合っている彼氏もおらず、1人暮らしの部屋で気ままに暮らしていた。
 
部屋のテーブルの上には化粧品が散乱し、取りこんだ洗濯ものが床に積まれていた。
台所のシンクには洗いかけの食器。
もし、当時気になっている男性が家に遊びに来たいと言っても、絶対にすぐに部屋には入れられない。「ちょっとコンビニで30分待ってくれる?」というような状態の部屋といえば、想像してもらえるだろうか。
 
そんな状況の部屋を残して、ある日の週末に、梅田だったか心斎橋だったかもう忘れてしまったけれど、私は洋服を買いに出かけた。
 
何時間か家をあけた後、ぶらっと帰宅すると、鍵をかけて出たはずの部屋は、なぜか鍵があいていた。
 
はて…‥、一体これは?
 
と思いながら家に入ると、家の中もそこはかとなく違和感がある。
間違い探しで言えば、この部屋に家を出た時と帰ってきた後で5か所間違いがあります、さぁどこでしょう? というような……。
 
そして、あいているはずのなかった机の引き出しが無造作に開けられているのを見た時、
これは空き巣に入られたなと確信した。
 
先日見たアパートの回覧板で、近所で空き巣が出たので注意しろと書かれていたことを思いだした。
あけられた引き出しを確認すると、祖父からもらったお年玉袋が消えていた。被害は中に入っていた1万円札のみ。
 
被害がそれだけだったのは、まだよかったのかもしれない。
でも怖くて足が震えて、すぐに警察に連絡した。
 
とっさに散らかり放題の部屋を片付けたいと思ったけれど、部屋をさわると捜査に差しさわりが出るだろうとグッと我慢した。
 
しばらくすると、若い男性の警官が2人もやってきた。このグチャグチャな部屋を見られるのは恥ずかしいので1人で充分です! という気持ちだったけど、2人来るのが決まりだから仕方がない。
 
私は、空き巣の犯人が、この部屋をこんなに荒らしたと若い警察官たちに心から誤解してほしかったが、彼らは私に決定的な質問をした。
 
「ちょっとお聞きしますけど、この部屋が散らかっているのは元々ですか? 元の様子と変わっている所はどこでしょうか?」と、少し気まずそうに。
 
その時、私は穴があれば入りたいくらい恥ずかしかった。
 
空き巣に入られたよりも、この散らかった部屋を見ず知らずの人たちにみられた方が、よっぽどショックだわ、と心から思った。
 
自分が丸裸にされたようで本当に恥ずかしかったのだ。
 
きっと当時、私には清潔で整った部屋に住む綺麗好きな女子として、他人から見られていたいという願望があった。
空き巣に入られてもなお、本来の自分以上の何者かでありたいというような気持ちが常に若い時にはあったように思う。
 
さて、そんな私も、今や年月を重ねて40代である。
 
今のマンションの部屋の様子といえば、小学生と5歳の息子達に毎日荒らされていることもあって、その当時よりひどいかもしれない。
 
片付けても片付けても散らかるので、週末しか本気で片付けないことにした。昔は、素敵なインテリアのお洒落な部屋で、結婚生活を送りたいという淡い願望も抱いていたけれど、もうとうにどこかに置いてきた。
 
しかも、このグチャグチャな部屋を義母にだって、平気で見せることもできるほど、強心臓だ。
結婚当初こそ、綺麗好きな女子として見られたいという気持ちもあった。
義母が来るという日の前には、一生懸命掃除した事もあったけど、いつの間にかそれをしなくなったのは、これもちょっとした事件からだった。
 
長男が産まれてまだ1歳頃の冬、私はひどい胃腸炎で3日間寝込み、全く布団から起き上がれなくなった。
仕事で出かけなければならない夫に変わって、荒れ放題の部屋に義母が助けにきてくれた。
おかゆを作り、洗濯をして、部屋の掃除までしてくれて、まさに救世主だった。
 
あまりに胃腸炎がひどくて、もちろん部屋が片付いているかどうかなんて全く構う余裕はなかったし、義母が訪ねてきたとき、実際、部屋は荒れ放題だったと思うけど、特に部屋が汚いわねとか嫌みを言われることもなかった。
 
あの時は、本当に義母に助けられたけど、今思い返してみても一番良かったのは、洗いざらい自分の丸裸で弱い所を見せられた事だった。
そして、義母がたずねてくるからといって、部屋をあわてて掃除する必要がなくなったことだと思う。
 
思い返すと、若い頃、自分の意図に反して、裸になってしまう夢をよく見ていた。
 
私は大勢の観客の前で、素っ裸で舞台に立たなければならなかった。
恥ずかしくて、じっとりと脇に汗をかいた。
 
今は、もう裸になる夢をみないのは、現実に裸になったからなのだろうか。
 
今思えば、あの時の夢は、ありのままの自分を受け入れてもらいたいと願っていたのに、どうしても裸になれない葛藤の裏返しだったのかもしれない。
 
そう思うと、年齢を重ねて、色んな思いがけないこともあって、もう何かを取り繕う必要もなくなった。
他人からこう見られていたいという願望や理想も、だいぶ減ったように思う。
 
これを、もしかしたら世間は“おばさん化”などというのかもしれないが、本人としてはすこぶる居心地がよく、ラクで楽しいものだ。
 
「恥ずかしい」と思うことが減り、裸になっていくことで、こんなにも楽に、生きていけるようになるとは若い時には知り得なかったことだった。
 
もちろん老いを感じて切ないなと思うこともあるけど、それ以上に年齢を重ねるのはいいものだと今、私は思っている。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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