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「感動」を体現した先生


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記事:鈴木 雄作(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「感動」とは、心が感じて、行動することを意味する。漠然と使ってきた言葉を定義された私には、ある人物が浮かんでいた。大学時代にアルバイト先でお世話になった塾の先生である。先生ほど「感動」を体現した人に、私は会ったことはない。
 
その先生は個人塾を経営していた。生徒が各々勉強する様子を眺め、時にアドバイスし、時にホワイトボードで説明する、個別と授業の中間をいくスタイルの塾だった。1コマ3時間で教える相手は中学生20名。これを私と先生の2人で教えていた。
先生は超人だった。5教科全てを教えていた。学校が科目毎に担当を分けている中、この先生は1人で全教科をわかりやすく教えていた。
また、教える相手のレベルを選ばなかった。進学塾と呼ばれる所は、入塾前にテストで見込みのある生徒だけに絞る作業をするが、この塾ではそういった学力によるふるい分けをすることがなかった。入塾前の面談でやる気があるならば、偏差値がいくつでも迎え入れていた。その上で高校入試では県のトップ校含む志望校に、全員を合格させていた。
なにより本当に生徒のことしか考えていなかった。生徒が帰った後に先生と話をしていたが、その内容全てが生徒にどう教えればよいかに帰着するのだ。先生が習い事でやっているピアノの話でも、テレビやスマホの話でも、全てが「生徒に伝えるにはこうすればいいんですね」につながるのだ。
他にも国語の文章題を選ぶときも、生徒の家庭事情を考え、余計なことを考えないで済むような題材を選ぶなど、生徒が本気で勉強するために必要なことだけを考えている先生だった。
そのおかげだろう。3年の部活が終わり、入試前の夏休みが始まる頃には、生徒全員の目が変わるのだ。先生の熱量で、生徒が本気になるのである。朝9時から夜の10時まで自主的に塾で勉強したいと志願する生徒もたくさんいた。その生徒に応えるため、先生も本気で生徒に向き合っていた。これほど生徒を「感動」させられる先生はいないと思う。
 
そんな先生の下で、私はアルバイトをしていた。しかしそれを思い出す時、私には後悔が頭を過るのである。当時の私が、あの先生のように本気で生徒に向き合っていたとは言えないのである。生徒の将来を左右する場に立つものとして、ふさわしい振る舞いをしていたとは思えないのである。
 
この後悔がずっと残っているのも先生のおかげかも知れない。生徒たちが3年間しか教えてもらえない先生に、私はアルバイトとして5年間も教えてもらっていたのだ。私も先生に「感動」した1人なのである。
 
なぜそう言えるか。大学時代から工業系で教育と全く関係ない分野を学び、教育に縁のない企業に勤める私が、教育のことを考えるからである。「あの時の生徒にはこう伝えればよかったのだな」、「数学の面白さはこういう風に言うと分かってもらえるかな」といったことが、よく頭に浮かぶのである。そして、心が最も動いたと感じる1年が、あの塾の中に存在するのである。
 
ある学年を塾で受け持ったときである。その生徒たちは学校から落ちこぼれの烙印を押された生徒たちだった。勉強に対するやる気はない。先生に対しての態度も悪い。私もサジを投げてしまおうかと思うときが何度もあった。「なぜこうなる前に手を差し伸べてあげなかったのだ」と、学校に対する怒りも湧いてきた。
しかし先生は折れなかった。常に彼らがどうすればやる気を出してくれるかを考えていた。どうすれば私たちの思いを受け取ってくれるかを考えていた。その熱量のおかげだろう。いつしか私も「ここで諦めたら、彼らを救える人がいないじゃないか」と口にするようになっていた。
 
今思えば、彼らが塾を欠席することなく、いつも来てくれていたのは、先生の熱量が伝わっていたからだろう。この先生のためなら頑張ろうという気持ちが起こっていたからだろう。その結果は、徐々に表れた。
小学校でつまずいた数学が解けるようになった。
I am、You are で手こずっていた英語もできるようになった。
難しい問題にも諦めなくなった。
彼らは本気になったのである。
 
入試前の最後の日、彼らは私たちに寄せ書きを書いてくれた。私たちの想いを受け取ってくれていた。
そして合格報告するため塾に来た彼らは、壁一面に書かれた、かつての生徒たちが記したメッセージの中に、感謝の言葉を記すのである。
先生と、そして彼らと過ごした1年が、私の最も「感動」した1年だと断言できる。
 
この「感動」が私の中でどんどん膨らんでいる。教育業に携わりたいという思いが年々増えているのだ。あの先生のように本気で生徒と向き合えるようになりたい。その感情が溢れてくるのである。
 
先生ほど「感動」を体現した人はいない。生徒のみならず、なんとなく生きてきた私にまで、生きる道を示してくれたのだから。私も同じ道を歩んでいきたい。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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